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ロティとバミ——スリナム独立がオランダの食卓を変えた

1975年のスリナム独立前後に約18万人がオランダに移住し、ロティ・バミ・ナシなどが定着した。植民地の記憶がオランダの日常食になるまでの経緯。

2026-05-24
オランダスリナム移民食文化ポストコロニアル

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アムステルダムのスーパーAlbert Heijn(アルバートハイン)で最も売れている惣菜カテゴリの一つが「ロティ」だ。インド系スリナム人が持ち込んだ薄焼きパンで、鶏肉やジャガイモのカレーと一緒に食べる。

これはオランダのオリジナル料理ではない。南米スリナムからの移民がもたらした食文化だ。

18万人の大移動

スリナムは1975年11月25日にオランダから独立した。独立直前の数年間に、スリナム国籍を持つ住民の約3分の1にあたる約18万人がオランダに移住した。独立後に新国籍を取得するよりも、オランダ国籍を維持する方が経済的に有利だと判断したためだ。

この大量移住が、オランダの食文化を不可逆的に変えた。

スリナム社会自体が多民族構成だった。インド系(ヒンドゥスターン)、ジャワ系、クレオール系、中国系、先住民。それぞれが持ち込んだ食文化が、オランダの都市部に一気に広がった。

3つの柱:ロティ、バミ、ナシ

スリナム料理の三大カテゴリは以下の通り。

ロティ(roti): インド系スリナム人の主食。薄い生地で包んだカレーセット。鶏肉(kip roti)が最も一般的で、ジャガイモ・長豆・ゆで卵が定番の副菜。アムステルダムのロティ店ではEUR12〜16(約1,920〜2,560円)程度。

バミ(bami): ジャワ系の焼きそば。日本の焼きそばに近いが、甘めのケチャップマニス(甘い醤油)で味付けされる。鶏肉や野菜を炒めたものが基本。

ナシ(nasi): ジャワ系の焼き飯。バミの麺がご飯に変わったもの。スーパーの冷凍食品コーナーにはnasiパックが必ず並んでいる。

アムステルダム南東部の食の地図

スリナム系コミュニティが最も集中しているのはアムステルダム南東部(Zuidoost)のバイルメル(Bijlmer)地区だ。1970年代に建設された大規模団地群に、スリナムからの移住者が多く入居した。

このエリアには本格的なスリナム料理店やインド系食材店が密集している。Kwakoe Festival(毎年夏開催)では、スリナム、ジャワ、アフリカ、カリブの料理が屋台で並ぶ。在住日本人の間でも「バイルメルのロティを食べないとオランダの食文化は語れない」という声がある。

「国民食」への格上げ

注目すべきは、スリナム料理がエスニック料理という枠を超えて「オランダの日常食」に組み込まれている点だ。

Albert Heijnの自社ブランドにバミ・ナシのソースがラインナップされ、子どもの学校給食にもロティが登場する。「今夜はロティにする?」が一般的なオランダ人家庭の会話として成立する。

フランスのクスクスやイギリスのカレーと同様に、旧植民地の食文化が宗主国に逆流して定着するパターンだが、オランダの場合は移住の規模と速度が特殊だった。独立という政治的イベントが、食文化の移植を一世代で完了させた。

食卓の植民地主義

スリナム料理を楽しみながら、その背景にある植民地の歴史をどう受け止めるか。これはオランダ社会で繰り返し議論されるテーマでもある。

食べ物の「おいしさ」と「来歴」は別の話だが、ロティの一皿には400年にわたる大西洋の歴史が折り畳まれている。在住者として食べるとき、その厚みを知っているかどうかで味の感じ方は変わるかもしれない。

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