スリナム料理がオランダの国民食になった——植民地の遺産が生んだ食文化
オランダのファストフードにスリナム料理が並ぶのはなぜか。植民地時代の移民史と、ロティ・バミ・ナシが日常食として定着した経緯を辿る。
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アムステルダムの街角で最も手軽に食べられるのは、ハンバーガーでもピザでもない。ロティ(Roti)だ。カレー風味のジャガイモとチキンを薄い生地で包んだスリナム料理が、€8〜12(約1,280〜1,920円)でどこでも買える。「オランダ料理といえば」と聞かれてスリナム料理を挙げるオランダ人は珍しくない。
なぜ南米の料理がヨーロッパにあるのか
スリナムは南米大陸の北東に位置する小さな国で、1975年までオランダの植民地だった。独立前後にスリナム系住民の約3分の1がオランダに移住したとされる。現在オランダには約35万人のスリナム系住民が暮らしている。
彼らが持ち込んだ食文化は、スリナムそのものの多層性を反映している。スリナムには東インド系(インド亜大陸出身)、ジャワ系(インドネシア出身)、クレオール系、中華系、先住民系など複数のルーツが混在している。これは植民地時代のプランテーション労働者として各地から人々が連れてこられた歴史の結果だ。
ロティ・ナシ・バミ——3つの柱
ロティ(Roti): インド系の影響を受けた料理。薄いナン状の生地にカレー味の具材を包む。オランダではチキンロティが定番で、ファストフード店から高級レストランまで幅広く提供されている。
ナシ(Nasi): ジャワ系の炒飯。インドネシアのナシゴレンとほぼ同じだが、スリナム経由で入ったためオランダでは「スリナム料理」として認識されている。
バミ(Bami): 同じくジャワ系の焼きそば。こちらもインドネシア由来だが、スリナムで独自に発展した味付けになっている。
面白いのは、これらがインドネシア料理としてではなくスリナム料理として定着した点だ。オランダはインドネシアも植民地にしていたのに、食の文脈では「スリナム経由」の方が市民の食卓に根づいた。
FEBOとスナックバーのスリナム化
オランダの名物に自動販売機式のスナックバー「FEBO」がある。壁に埋め込まれた小窓からコロッケやフリカンデルを取り出すスタイル。このFEBOにもバミやナシが並んでいる。クロケット(コロッケ)の隣にスリナム風サテ(焼き鳥)のソースがある光景は、オランダの食文化が何層にも重なっていることを物語る。
植民地の遺産をどう捉えるか
スリナム料理がオランダの日常食になった背景には、植民地支配と強制移住という暗い歴史がある。2022年、オランダ政府は奴隷制の歴史について公式に謝罪した。食文化の豊かさを楽しむ一方で、その料理がなぜここにあるのかを知っておくことは、オランダ社会を理解する上で欠かせない視点だ。
スーパーでロティのレトルトパックを手に取ったとき、そこに南米・インド・インドネシア・アフリカの歴史が折り重なっていると思うと、€3の商品が急に重く感じられる。