ニュージーランドの学校制度——デシル制が家の値段を決める不思議な仕組み
NZの公立学校はデシル制で1〜10にランク付けされていた。学校の評価が不動産価格に直結する構造と、2023年に廃止された理由を解説。
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ニュージーランドには2023年まで、公立学校を1から10までランク付けする「デシル(Decile)」という制度があった。デシル10が最も裕福な学区、デシル1が最も低所得な学区。そしてこの数字が、住宅価格をダイレクトに動かしていた。
デシル制とは何だったのか
デシル制は1995年に導入された学校への資金配分の仕組みだ。学校が所在する地域の世帯収入、親の職業、住居の過密度、公的給付の受給率、学歴の5つの指標から各学校をデシル1〜10に分類した。
目的はシンプルだった。低所得地域の学校により多くの資金を配分するために、どの学校が支援を必要としているかを数値化したのだ。デシル1の学校は1人あたり年間NZD 740の追加補助を受け、デシル10の学校はNZD 0だった。
不動産市場へのねじれた影響
問題は、資金配分のための内部指標だったデシルが、いつの間にか「学校の品質ランキング」として不動産広告に使われるようになったことだ。
「デシル10の学区」という文言は、不動産リスティングの売り文句になった。オークランドでは同じ通りでも学区の境界をまたぐだけで住宅価格にNZD 100,000〜200,000(約920万〜1,840万円)の差がつくことがあった。
子どもの教育環境を選ぶつもりで家を買い、家の値段がデシルのスコアを維持し、そのスコアがさらに家の値段を押し上げる——正のフィードバックループが回り始めた。デシル10の学校に通わせたければデシル10の地域に住む必要があり、そこに住むためには高額の住宅を購入する必要があった。
デシル≠教育の質
デシルは「その地域の世帯がどれだけ裕福か」を測る数字であって、「その学校の教育がどれだけ優れているか」を測る数字ではなかった。デシル3の学校に優秀な教師がいることもあれば、デシル10の学校で学力が低迷していることもあった。
しかしこの区別を正確に理解している親は少数だった。デシルの数字は単純で直感的だったから、「デシル10=良い学校」という図式が一般に定着してしまった。株式市場でPERだけを見て投資判断する個人投資家のようなものだ。一つの指標が本来の意味を超えて独り歩きした。
2023年の廃止とEquity Index
2023年、政府はデシル制を廃止し、代わりに「Equity Index」を導入した。Equity Indexは学校単位ではなく、生徒一人ひとりの社会経済的背景を個別に評価する。親の収入、住居の種類、児童保護サービスとの接触歴など、35の指標を統計局のデータから算出する。
学校に番号がつかなくなったことで、不動産広告から「デシル10」の文言は消えた。ただし、実態として高所得エリアの学校が良い設備を持ち、経験豊富な教師を引きつけやすい構造は変わっていない。
私立という選択肢
NZの私立学校(Independent Schools)は全学校の約4%で、生徒の約5%が通っている。学費は年間NZD 15,000〜35,000(約138万〜322万円)。日本の私立中高(年間60〜100万円)より高い。
私立校はデシル制の対象外だったため、デシルの議論からは切り離されていた。私立校はERO評価ではなく独自のブランドと進学実績で選ばれる。ただし、NZでは「私立=エリート」という図式は日本ほど強くなく、公立校で十分な教育が受けられるという認識が一般的だ。
日本人家庭への影響
NZに子連れで移住する日本人家庭にとって、学校選びは住む場所の選択と直結する。デシル制は廃止されたが、Education Review Office(ERO)の評価レポートは各学校ごとに公開されており、これが実質的な品質指標になっている。
NZの公立学校は原則学費無料だが、寄付金(Donation)を求められることが多い。デシルが高かった学校では年間NZD 300〜500(約2.8万〜4.6万円)の寄付が「慣行」として存在する。法律上は任意だが、払わない家庭の子どもが肩身の狭い思いをするという声もある。
オークランドのGrammar Zoneと呼ばれる名門校学区では、学区内の住宅に年間NZD 10,000〜20,000(約92万〜184万円)のプレミアムが乗るとされる。数字のラベルは消えても、教育と不動産の結びつきが解消されたわけではない。
NZの学校には「ゾーニング」制度がある。各公立校には指定された学区(Zone)があり、その学区内に住んでいれば入学が保証される。学区外からの応募はバロット(抽選)になる。つまり、良い学校に確実に入れるためには、その学区に住所を持つことが条件になる。結局のところ、教育と住居の紐づけはデシル制がなくても存在し続けている。
制度を一つ変えれば格差が解決するという話ではないが、「数字にすると数字が現実を動かし始める」という現象は、教育に限った話ではないだろう。