羊が減り、土壌が変わる——ニュージーランドの再生型農業という静かな革命
羊の数が最盛期の3分の1に減ったNZで、従来の牧畜を見直す「再生型農業」が広がっている。土壌、炭素、経済のつながりを読み解きます。
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1982年、ニュージーランドには約7,000万頭の羊がいた。人口の20倍以上だ。2024年時点で約2,500万頭。40年で3分の1近くまで減った。「NZ=羊の国」という印象は今でも強いが、実態はすでに大きく変わっている。
羊が減った理由
1984年、NZ政府は農業補助金を全廃した。世界でも例を見ないレベルの農業自由化だ。補助金なしでは採算が合わない羊肉農家は淘汰され、収益性の高い乳牛への転換が一気に進んだ。
結果として、NZの乳製品輸出額は飛躍的に伸びたが、乳牛の集約飼育は水質汚染と温室効果ガスの排出を加速させた。NZの温室効果ガスのうち約48%が農業由来で、これは先進国の中でも突出して高い比率だ。
再生型農業(リジェネラティブ・アグリカルチャー)とは
この状況への応答として広がっているのが、再生型農業だ。従来の「持続可能な農業(サステナブル)」が「これ以上悪化させない」ことを目指すのに対し、再生型は「すでに劣化した土壌を積極的に回復させる」ことを目標にしている。
具体的な手法はこうだ。
多種混植牧草: 1種類の牧草ではなく、10〜20種の草やハーブを混ぜて播種する。根の深さが異なる植物が混在することで、土壌の構造が多層化し、保水力と炭素貯留量が増える。
計画的輪牧: 大きな面積に家畜を散らばらせるのではなく、狭い区画に高密度で短期間放牧し、その後十分な休息期間を与える。これにより牧草の根が深く伸び、土壌が回復する。
化学肥料の削減: 土壌の微生物叢を回復させることで、化学肥料への依存を減らす。初期には収量が下がるが、3〜5年で土壌が回復すると投入コストが大幅に下がるという報告がある。
カーボンファーミングの可能性
再生型農業が注目される理由の一つは、炭素市場との接点だ。健全な土壌は大気中のCO2を吸収・貯留する。農地の炭素貯留量を測定し、カーボンクレジットとして取引できれば、農家にとって新たな収入源になる。
NZ政府の排出権取引制度(NZ ETS)は現時点で農業の土壌炭素を対象にしていないが、民間のカーボンクレジットプログラム(例: Toitu Envirocare)では一部の再生型農場がクレジットを発行し始めている。
在住者にとっての意味
スーパーに並ぶ牛乳やバターの裏側にこの変化がある。「グラスフェッド」「リジェネラティブ」を謳う製品は価格が若干高いが、NZ国内のファーマーズマーケットでは生産者と直接話しながら購入できる。
南島のカンタベリー平原やワイララパ地方を車で走ると、広大な牧草地が続く風景に出会う。その一部は、見た目は変わらなくても、土の中で静かな革命が進行しているかもしれない。