NZの羊は減っている——1982年の7,000万頭から2,600万頭への変遷
NZは「人より羊が多い国」として知られるが、羊の頭数は40年で3分の1に減少した。酪農への転換と、羊毛産業の構造変化を数字で追う。
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「NZは人より羊が多い」——これは事実だ。人口約520万人に対して羊は約2,600万頭(2023年、Statistics NZ)。1人あたり約5頭。だが、この比率はかつてとは比べものにならないほど小さくなっている。
1982年のピーク時、NZには約7,000万頭の羊がいた。人口は約320万人で、1人あたり約22頭。40年間で頭数は63%減少した。「NZ=羊」のイメージは今も正しいが、国の農業構造はすでに大きく変わっている。
なぜ羊が減ったのか
1. 補助金の廃止: 1984年、NZ政府は農業補助金を全廃した。ロジャーノミクス(当時の財務大臣ロジャー・ダグラスにちなむ経済改革)の一環だ。世界でも最も急進的な農業自由化で、補助金に頼っていた限界的な牧羊農家が立ち行かなくなった。
2. 羊毛価格の下落: 合成繊維(ポリエステル、ナイロン)の台頭で、羊毛の需要が1970年代から構造的に減少した。NZの主力品種であるロムニー種の太い羊毛は、衣料用よりもカーペット用として使われてきたが、カーペット市場自体も縮小している。
3. 酪農への転換: 羊の代わりに乳牛を飼う農家が増えた。牛乳・乳製品の方が安定した収益を見込めたためだ。特にカンタベリー地方(南島)では灌漑技術の導入により、かつての乾燥した牧羊地が酪農用の牧草地に変わった。
酪農の台頭
NZの乳牛頭数は約630万頭(2023年)で、1990年の約340万頭からほぼ倍増した。酪農製品はNZの輸出総額の約27%を占め、最大の輸出カテゴリだ。
酪農協同組合のFonterra(フォンテラ)は世界最大の乳製品輸出企業で、NZの酪農家の約80%が出資している。年間売上高は約NZD 240億(約2兆2,000億円)。粉乳・バター・チーズを中国、東南アジア、中東に輸出する。
羊肉の行方
羊の頭数は減ったが、NZの羊肉輸出は依然として世界トップクラスだ。1頭あたりの肉量が品種改良で増えたため、頭数の減少ほど生産量は落ちていない。
NZの羊肉の主な輸出先はEU、中国、北米だ。ラム(子羊肉)はNZの輸出品のうち約5%を占める。高品質なNZ産ラムは欧州の高級レストランで定番の食材だ。
国内では、ラムのロースト(Roast Lamb)は日曜日のディナーの定番。スーパーマーケットでラムレッグ(骨付きもも肉)は1kgあたりNZD 18〜25(約1,660〜2,300円)程度で買える。日本でNZ産ラムは高級品だが、現地では日常の食材だ。
メリノウールの例外
羊毛市場全体は縮小しているが、メリノウール(細番手の高級羊毛)は例外だ。NZのメリノ羊(約300万頭)が産出する細い繊維は、アウトドアウェア・高級ニット・スポーツウェアの素材として需要がある。
Icebreaker(アイスブレーカー)はNZ発のメリノウール衣料ブランドで、「100%メリノ」をコンセプトにしたアウトドアウェアを世界展開している。1997年の創業で、NZのメリノウール産業の価値を引き上げた存在だ。
環境問題
酪農への転換は経済的には合理的だったが、環境への負荷が問題になっている。
乳牛は羊よりも水を大量に消費し、河川への窒素・リン流出が深刻だ。カンタベリー地方の河川では水質悪化が確認されており、NZ環境省の報告書では「淡水の生態系が全国的に悪化している」と指摘されている。
NZ政府は2023年に農業排出価格制度(農業部門のメタン排出に価格をつける仕組み)を検討したが、農業団体の強い反発を受けて2024年に延期された。「農業が環境コストを払うべきか」は、NZの最もホットな政治テーマの1つだ。
羊は減り続けるのか
牧羊業は消滅しない。NZの丘陵地帯(hill country)は傾斜が急で灌漑ができないため、酪農には転換できない。羊はこうした土地で引き続き飼育される。
ただし、頭数の減少トレンドは続くと見られている。カーペット用羊毛の需要は回復の見込みが薄く、羊肉の需要も横ばいだ。メリノウールという高付加価値の例外はあるが、産業全体の縮小は構造的だ。
NZのカントリーサイドを車で走ると、丘の上で草を食む羊の群れがまだ至るところにいる。だが、隣の谷を見ると白黒のフリージアン牛が並んでいる。その風景の変化が、40年の産業構造転換を物語っている。