どこに行くにも12時間——ニュージーランドの「遠さ」が人に与える影響
東京まで11時間、ロンドンまで24時間。地球の端に住むことが日常の判断、キャリア、帰属意識にどう影響するかを在住者の視点から考えます。
この記事の日本円換算は、1NZD≒92円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(NZD)の金額を基準にしてください。
ニュージーランドから東京までの直行便は約11時間。ロンドンまでは乗り継ぎ込みで約24時間。ニューヨークまでは約20時間。どこへ行くにも半日以上かかる。この「遠さ」は、住み始めるまでは単なる数字だが、住んでからは思考の枠組みそのものに影響してくる。
「気軽に帰れない」という前提が変えるもの
シンガポールやバンコクに住んでいると、日本には7時間で帰れる。週末+αの弾丸帰国すら不可能ではない。NZからはそうはいかない。往復の航空券はNZ$1,500〜$2,500(約13万8,000〜23万円)。移動日を含めると最低4日は消える。
この「帰るのが大変」という前提は、日常の意思決定を変える。日本から持ってきたい物は限られる。親が体調を崩しても翌日には帰れない。冠婚葬祭に出席できないことが起こりうる。この距離を受け入れた上でNZに住んでいるという覚悟が、日々の生活の底にある。
時差の孤立
NZと日本の時差はサマータイム中で4時間、冬は3時間。これは比較的小さいが、問題はヨーロッパとアメリカとの時差だ。ロンドンとは12〜13時間、ニューヨークとは16〜18時間。
リモートワークでヨーロッパの会社と仕事をしている在住者は、夜の会議が常態化する。「世界中の人と仕事ができる時代」とは言うものの、NZから参加する場合はそのコストが身体に来る。アジア太平洋圏の仕事なら時差の問題は小さいが、選択肢が地理的に限定されるという意味では、やはり「遠さ」の影響だ。
「ここにいる理由」を繰り返し自問する
距離が遠いと、NZに住み続ける理由を自分に問い直す頻度が上がる。便利さや近さで選んだ場所ではないから、「なぜここにいるのか」に対する答えを持っていないと、ふとした瞬間に足元が揺らぐ。
逆に言えば、NZに長く住んでいる日本人は、その問いに対する自分なりの答えを見つけた人だ。自然環境、子育て環境、ワークライフバランス、パートナーの出身地——理由は人それぞれだが、「惰性で住んでいる」という人には出会いにくい。
島国メンタリティの二面性
NZの「遠さ」はNZ人自身のメンタリティにも影響している。海外ニュースへの関心は高いが、「でも自分たちには関係ない」という距離感もある。アメリカやヨーロッパで起きている政治的な緊張が、文字通り地球の反対側の出来事に感じられる。
この距離感は、良い面では「過剰な反応をしない落ち着き」を生み、悪い面では「世界の問題に無関心」に見えることもある。COVIDのパンデミック初期にNZが国境を完全封鎖できたのは、島国であることと「閉じる」という判断を受け入れる国民性の両方があったからだ。
帰国のタイミングと向き合い方
NZ在住の日本人コミュニティでは、「いつ帰るか問題」は永遠のテーマだ。子どもの教育、親の介護、自分のキャリア——どのタイミングで日本に戻るか(あるいは戻らないか)を考えない人はいない。
12時間の距離は、物理的には飛行機で越えられる。だが心理的には、NZに住む年数が増えるほど日本との距離が広がっていく感覚がある。帰省のたびに東京の人混みに圧倒され、NZの静けさが恋しくなる。でも家族はそこにいる。
どこかに住むということは、他のどこかから離れるということだ。NZの遠さは、その当たり前の事実を毎日突きつけてくる。