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ハカで泣くニュージーランド人——戦いの踊りが「愛の表現」になった理由

オールブラックスの試合前に披露される「ハカ」。威嚇の踊りとして知られていますが、NZでは結婚式や葬儀でも踊られ、踊る側も見る側も泣いています。なぜ戦いの踊りが感動の装置になったのか、その構造を読み解きます。

2026-05-11
ハカマオリアイデンティティ

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ニュージーランドの結婚式で、新郎側の男性親族が一斉に立ち上がり、目をむき、舌を出し、地面を踏み鳴らしながら踊り始める。新婦は泣いている。新郎も泣いている。踊っている男たちも泣いている。

これがハカ(Haka)。日本人の多くはラグビーの試合前の「威嚇パフォーマンス」として知っていますが、ニュージーランドでハカが踊られる場面の大半は、スポーツではなく人生の節目です。

ハカは「戦いの踊り」ではない

正確に言えば、ハカはマオリ(Maori)のカパ・ハカ(Kapa Haka)——集団舞踊の一形式です。戦いの前に踊るものもあれば、歓迎・追悼・祝福・感謝のために踊るものもある。

最も有名なハカは**「Ka Mate」**。オールブラックス(ニュージーランドラグビー代表)が試合前に披露するハカです。1820年代にンガーティ・トア(Ngati Toa)の族長テ・ラウパラハ(Te Rauparaha)が、敵から逃げ隠れた末に生き延びた経験を詠んだものとされています。

「Ka mate! Ka mate!(死ぬ! 死ぬ!) Ka ora! Ka ora!(生きる! 生きる!)」——死と生の間を行き来する歌詞。これは敵を威嚇する歌というより、生きていることへの叫びです。

結婚式のハカ

ニュージーランドの結婚式でハカが踊られるとき、それは新郎から新婦への(あるいはその逆の)最高の敬意の表明です。

踊りの構成は場面によって異なりますが、基本的な要素は共通しています。

  • Pukana(プカナ): 目を見開き、舌を出す表情。怒りではなく、感情の全力表現
  • Haka(足踏み): 地面を踏み鳴らし、手を胸や腕に打ちつける。体全体でリズムを刻む
  • Waiata(ワイアタ): 歌。ハカの前後に歌われることが多い

踊っている男たちの顔は「怖い」ように見えますが、文脈を知っている人にとっては「最大限の愛情表現」として読める。この文脈の切り替えが、外国人にはなかなか伝わりません。

YouTubeで「haka wedding New Zealand」と検索すると、数百万回再生された動画がいくつも出てきます。コメント欄は世界中の人々の「泣いた」で埋まっている。

葬儀のハカ——Tangi

マオリの葬儀(Tangihanga / タンギハンガ、略称Tangi)では、故人を送り出すためにハカが踊られます。

Tangiは通常2〜3日間にわたり、マラエ(Marae: マオリの集会場)で行われます。故人の遺体は開棺のまま安置され、親族や友人が入れ替わり立ち替わり故人のそばに座り、語りかける。

最後にハカが踊られるとき、それは「別れ」であると同時に「記憶を体に刻む」行為です。声を振り絞り、地面を踏み鳴らし、涙を流しながら踊る。静かに泣くのではなく、全身で悲しむ。

Paakehaとハカ

Pakeha(パーケハー: ヨーロッパ系ニュージーランド人)がハカを踊ることについては、ニュージーランド国内でも議論があります。

オールブラックスの選手にはPakehaも多く含まれており、彼らが「Ka Mate」を踊ることは広く受け入れられています。学校の行事や卒業式でも、民族を問わず生徒たちがハカを踊る。

一方で、「マオリの文化を表面的に借用しているだけではないか」「本来の意味を理解せずにパフォーマンスとして消費していないか」という批判もあります。

この議論に正解はありませんが、少なくとも「ハカをやりたい」と思うPakehaが多いこと自体が、ニュージーランドという国の文化的統合の深さを示しています。日本で言えば、外国人移住者が盆踊りを「自分たちの文化として」踊るようになる——それに近い感覚かもしれません。

在住日本人とハカ

ニュージーランドに住む日本人が初めてハカを「生で」見るのは、多くの場合学校行事です。子どもの学校のイベントで、マオリ系もPakeha系もアジア系も混じった生徒たちが一斉にハカを踊る。その迫力に驚く。

職場の送別会でハカが踊られることもあります。退職する同僚のために、残るメンバーがハカを踊って送り出す。泣きながら。

最初は「威嚇の踊り」にしか見えなかったハカが、いつの間にか「愛情の表現」として読めるようになる。その瞬間が、ニュージーランドに馴染んだことを実感するタイミングかもしれません。

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