2,000年の巨木が菌に殺される——カウリの森に入れなくなった理由
NZ北島のカウリの巨木が、カウリ・ダイバック病で急速に失われている。靴底から広がる菌がなぜ止められないのか、科学と文化の両面から迫ります。
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ワイポウアの森に立つ「タネ・マフタ(Tane Mahuta)」は樹齢推定1,250〜2,500年、幹周り約13.8メートルのカウリの巨木だ。マオリ語で「森の神」を意味する。NZで最も有名な木であり、観光名所であり、マオリにとっては祖先とつながる存在でもある。この木が、目に見えない菌に脅かされている。
カウリ・ダイバック病とは
カウリ・ダイバック(Kauri dieback)は、水カビの一種Phytophthora agathidicidaがカウリの根を攻撃する病気だ。感染すると根が栄養を吸収できなくなり、樹冠が黄変し、やがて枯死する。治療法はまだ確立されていない。
厄介なのは、この病原体が土壌中で数十年生存できることだ。そして靴底やトレッキングポールの先端に付着した土が、別の場所に運ばれることで感染が広がる。人間の移動が最大の感染経路なのだ。
トレッキングコースの閉鎖
カウリ・ダイバックの拡大を受けて、NZ自然保護省(DOC)は北島のカウリが生育する多くのトレッキングコースを閉鎖または制限している。開放されているコースでも、入口には靴底を洗浄するステーション(shoe-cleaning station)が設置されており、通過時の洗浄が義務づけられている。
ワイポウアの森はまだ訪問可能だが、ボードウォーク(高架歩道)の上を歩くことが求められる。かつては巨木の根元まで歩いて触れることができたが、今は一定の距離から見上げるだけだ。
マオリにとってのカウリ
カウリの保全がNZで特別な意味を持つのは、科学的・環境的な価値だけではない。マオリの世界観では、カウリは森の中の生態系の長(rangatira)であり、人間と自然をつなぐ存在だ。
2023年、タネ・マフタが生育する森の管理権がNZ政府からマオリのテ・ロロア族に返還された。これは条約和解(Treaty settlement)の一環で、土地と自然の管理を先住民に委ねるという政策の象徴的な事例だ。
なぜカウリの喪失が深刻なのか
カウリは成長が極めて遅い。樹齢100年でもまだ「若い」とされ、巨木に成長するまでに数百年から1,000年以上かかる。一度失われたら、人間の時間スケールでは回復しない。
また、カウリは生態系全体に影響を与える「キーストーン種」だ。カウリの落ち葉は周囲の土壌を酸性化し、カウリの森に特有の生態系を形成している。カウリが消えると、そこに依存していた植物や昆虫、菌類のコミュニティも崩壊する。
在住者ができること
北島を旅行する際にカウリの森を訪れるなら、以下を守ってほしい。
- 指定されたトレイル以外には入らない
- 靴底洗浄ステーションでは必ず全方向を洗浄する
- 閉鎖されたコースには絶対に入らない
- トレッキング後、靴底の土を完全に落としてから別の場所に行く
2,000年をかけて育った木が、靴底の泥ひとつで死にうる。この非対称さを知ると、洗浄ステーションでの数十秒が惜しいとは思えなくなる。