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No.8ワイヤーで何でも直す国——ニュージーランドの「あるもので何とかする」精神

NZには「No.8 Wire Mentality」という言葉があります。農場用の針金で何でも修理する精神が、なぜこの国の国民性になり、スタートアップ文化にまで影響しているのかを探ります。

2026-05-11
No.8ワイヤーDIY国民性

この記事の日本円換算は、1NZD≒92円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(NZD)の金額を基準にしてください。

ニュージーランドの農家で柵が壊れたとき、業者を呼ぶ人はほとんどいません。納屋に行き、No.8ワイヤー(8番ゲージの農場用針金、直径約4mm)を取り出し、自分で巻きつけて直す。ゲートの蝶番が折れても、トラクターのマフラーに穴が開いても、とりあえずNo.8ワイヤーで何とかする。

「No.8 Wire Mentality」——ニュージーランド人が自分たちの国民性を語るとき、最もよく使うフレーズのひとつです。

なぜNo.8なのか

No.8ワイヤーは、19世紀後半にイギリスから輸入された農場用のフェンシングワイヤーです。太すぎず細すぎず、強度があり、手で曲げられる。万能素材として農場のあらゆる場面で使われました。

ニュージーランドが入植された当時、イギリス本国から部品や工具を取り寄せるには数ヶ月かかった。壊れたものを「メーカーに修理に出す」という選択肢がない。だから手元にあるもので直す。No.8ワイヤーはそのためのツールでした。

この「あるもので何とかする」精神が、やがて国民性として定着した。2010年にカンタベリー地震でクライストチャーチが壊滅的な被害を受けたとき、住民たちが自力で仮設のインフラを組み上げていった姿に、多くのニュージーランド人が「これがNo.8 Wire Mentality だ」と語りました。

Kiwi Ingenuity——創意工夫の文化

No.8 Wire Mentalityの延長線上に**「Kiwi Ingenuity(キウイの創意工夫)」**という概念があります。

ニュージーランドは人口約520万人。市場が小さいので、大企業が参入しにくい。専門部品を取り寄せるにも時間とコストがかかる。だから自分で作る。自分で直す。自分で工夫する。

いくつかの実例を挙げます。

  • リチャード・ピアース: 1903年、ライト兄弟と同時期に動力飛行に成功したとされるカンタベリーの農家。農場のスクラップから飛行機を自作した
  • バート・マンロー: 1967年、自作改造のインディアン・スカウト(1920年製バイク)で世界最速記録を樹立。映画『世界最速のインディアン』の題材
  • ジェットボート: ハミルトンジェットを発明したビル・ハミルトンは、浅い川でボートを走らせるために水流推進式のエンジンを考案。現在は世界中の軍用・商用ボートに採用されている

ホームセンターが国民的施設

この精神を象徴するのが、Bunnings Warehouse(バニングス・ウェアハウス)とMitre 10(マイター・テン)——ニュージーランドの二大ホームセンターチェーンです。

週末のBunningsは家族連れで混雑しています。子どもがソーセージ・シズル(BBQソーセージの無料配布。NZ/AUのBunnings名物)を食べている横で、父親がデッキの木材を選び、母親がペンキの色を吟味している。

ニュージーランドの住宅は木造が多く、築年数も古いものが多いため、自分でメンテナンスする文化が根強い。デッキの張り替え、壁の塗装、フェンスの修理——業者に頼むと数千NZDかかる工事を、週末に自分でやる人が多い。

スタートアップとNo.8 Wire

この「あるもので何とかする」精神は、ニュージーランドのテック・スタートアップにも影響しています。

小さな市場で生まれた企業が、限られたリソースで世界市場に打って出る。Xero(会計ソフト)、Rocket Lab(宇宙ロケット)、LanzaTech(カーボンリサイクル)——いずれもニュージーランド発のグローバル企業ですが、シリコンバレーのような潤沢な資金環境で生まれたわけではない。

Rocket Labの創業者ピーター・ベック(Peter Beck)は、高校卒業後に家電修理工として働きながらロケットエンジンを独学で設計した。まさにNo.8 Wire Mentalityの現代版です。

裏返しの問題

ただし、この精神には裏返しの問題もあります。

「自分で何とかする」文化が強すぎると、専門家に任せるべき場面でも素人が手を出す。ニュージーランドの住宅品質問題(後述の「リーキーホーム」問題——1990〜2000年代に建てられた住宅の防水不良による大規模な腐食被害)には、建築基準の緩さと並んで「素人施工の横行」が原因のひとつとして指摘されています。

電気工事や配管工事には資格が必要ですが、それ以外の建築作業は「自分でやっていい」範囲が広い。結果として、プロの品質に達していない施工が混じり込む。

ワイヤーで括る楽観

No.8ワイヤーで直したものは、完璧ではない。でも、とりあえず動く。完璧を追求して何もしないより、不完全でもいいから動かす。

この楽観主義は、ニュージーランドで暮らしていると随所で感じます。役所の手続きがいい加減でも「She'll be right(まあ大丈夫でしょ)」で済ませる。電車が遅れても怒らない。家の蛇口から出るお湯の温度が一定しなくても、慣れる。

日本の精密さに慣れた身には最初は戸惑いますが、この「まあ何とかなる」の空気に馴染んでくると、ニュージーランドが居心地よくなってきます。

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