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ハカは「戦いの踊り」ではない|マオリ文化の身体言語を読み直す

ラグビーのオールブラックスで有名なハカ。だが『戦いの踊り』という認識は表層に過ぎない。ハカは歓迎にも葬儀にも使われるマオリの身体言語であり、その文法は深い。

2026-05-21
ニュージーランドマオリハカ文化ラグビー

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ラグビーのオールブラックスが試合前に踊る「Ka Mate」。目を見開き、舌を突き出し、腿を叩き、足を踏み鳴らす。テレビで見ると、これは明らかに「戦いの威嚇」に見える。

だが、それは英語圏のスポーツメディアが貼ったラベルだ。

ハカは1つではない

ハカには複数の種類がある。

  • Ka Mate: 1820年頃にンガーティ・トア族の酋長テ・ラウパラハが作った。敵から逃れた後の生還の喜びを表現したもの。戦いの踊りというより「死を免れた安堵」の踊り
  • Kapo o Pango: 2005年にオールブラックスのために作られた新しいハカ。アオテアロア(ニュージーランド)の大地との結びつきを歌う
  • Haka pōwhiri: 歓迎のハカ。訪問者をマラエ(集会所)に迎え入れるときに踊る
  • Haka taparahi: 武器を持たずに踊るハカ。儀式や祝いの場で行われる

つまり、ハカは「戦争の踊り」というカテゴリに収まらない。歓迎も、哀悼も、感謝も、ハカで表現する。身体を使った言語のプロトコルだ。

舌を出す意味

ハカで舌を突き出す動作(pūkana)は、西洋的な「侮辱」の文脈とは全く異なる。マオリ文化では、舌を出すことは内なる力(wairua)の表出であり、精神の強さを示す行為。

目を見開く動作も同様。恐怖や怒りではなく、集中と献身を意味する。腿を叩く動作は大地とのつながりを物理的に確認する行為。足を踏み鳴らすのは、パパトゥアヌク(大地の母)を呼び起こす。

すべての動作に意味がある。適当に体を動かしているわけではない。

葬儀のハカが教えること

ニュージーランドの葬儀(tangihanga)でハカが踊られることがある。YouTube で「funeral haka new zealand」と検索すると、棺の前で泣きながらハカを踊る動画が多数見つかる。

この光景は、ハカが単なるパフォーマンスではないことを最も明確に示している。故人への敬意、残された者の悲しみ、コミュニティの結束——言葉では伝えきれない感情を、身体で表現する。

日本の弔辞が言葉で故人を送るのに対し、マオリのハカは身体で故人を送る。どちらも同じ機能を果たしているが、メディア(媒体)が違う。

文化の盗用問題

ハカの国際的な認知度が上がるにつれ、文化の盗用(cultural appropriation)の議論も増えている。海外の学校やスポーツチームが「カッコいいから」とハカを真似る事例に対し、マオリのコミュニティから批判の声が上がることがある。

ニュージーランド国内でも、学校のイベントでハカを踊る際には、マオリのカパハカ(文化パフォーマンス)の指導者から適切な指導を受けることが求められる。形だけ真似ても、文脈を理解していなければ、それは言語を音だけ真似るのと同じだ。

在住者としての姿勢

ニュージーランドに住むなら、ハカに触れる機会は確実にある。学校のイベント、マラエでのポーヒリ(歓迎式典)、ワイタンギデー(建国記念日)の催し。

そのとき、観光客として「見る」のではなく、その場にいる一人として「受け取る」姿勢を持つこと。ハカは見せ物ではなく、向けられるものだ。向けられたときに、静かに受け止める。それがこの国での礼儀になる。

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