ハンギとカイモアナ——マオリの食文化がファインダイニングに現れた理由
地熱で蒸し焼きにするハンギ、海の幸カイモアナ。マオリの伝統食が近年のニュージーランドのレストランシーンで再評価されている。食文化を通じた先住民族の可視化を追う。
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ニュージーランドのファインダイニングで「ハンギ・インスパイアド」というメニューが増えている。ハンギ(hāngi)とはマオリの伝統的な地中蒸し焼き調理法で、掘った穴に焼いた石を入れ、その上に肉や野菜を置いて土を被せ、数時間かけて蒸し焼きにする。
この調理法が、白いテーブルクロスの上に載る時代になった。
ハンギの構造
ハンギは単なる調理法ではなく、コミュニティの行為だ。準備に半日、調理に3〜4時間かかる。穴を掘る人、石を焼く人、食材を包む人、土を被せる人——全員が役割を持ち、完成した食事を全員で分かち合う。
食材は伝統的には豚肉、鶏肉、クマラ(さつまいもの一種)、かぼちゃ、キャベツ。これらを濡れた布やアルミホイルで包み、バスケットに入れて穴に降ろす。
地中の蒸気と石の熱で均一に加熱された肉は、独特のスモーキーで柔らかい食感を持つ。この風味はオーブンやスモーカーでは再現できない。
カイモアナ(kai moana)——海の食文化
カイモアナ(kai moana)は「海の食べ物」を意味するマオリ語だ。パウア(アワビの一種)、キナ(ウニ)、クレイフィッシュ(伊勢海老に近い)、ピピ(二枚貝)、カキなどが含まれる。
マオリの伝統では、海岸線のカイモアナは地元のiwi(部族)が管理する共有資源だった。現在もマオリの慣習的漁業権(customary fishing rights)は法律で保護されており、特定の海域でのマオリの漁業権が認められている。
パウアの個人採取は1日につき10個まで(地域によって異なる)。違反した場合の罰金はNZD250〜100,000(約2万3,000〜920万円)と厳しい。資源管理の意識はニュージーランド社会全体に浸透している。
レストランでの再評価
2010年代後半から、マオリの食材と調理法を現代的にアレンジするシェフが増えた。オークランドやウェリントンのレストランで、ハンギの技法で調理されたラム肉や、カイモアナのテイスティングメニューが登場している。
この動きの背景には、世界的な「先住民族の食文化の再評価」トレンドがある。オーストラリアのブッシュフード、北欧の再野生化料理と同じ流れだ。
ただし、マオリのシェフの中には「ハンギをファインダイニングに持ち込むことで、本来のコミュニティの意味が失われる」と懸念する声もある。
クマラの位置づけ
クマラ(kūmara)はマオリがポリネシアから持ち込んだとされるさつまいもの一種で、マオリの食文化の中心にある。赤、金、紫の3品種がスーパーで売られており、ニュージーランドの一般家庭でも日常的に食べられている。
スーパーでは1kgあたりNZD3〜5(約276〜460円)程度。ローストにしても、マッシュにしても、揚げてチップスにしても使える。日本のさつまいもよりも水分が少なくホクホクした食感が特徴だ。
食を通じた和解
ニュージーランドの食文化は長い間、イギリス植民地時代の影響が支配的だった。ミートパイ、フィッシュ&チップス、ラムロースト——これらが「ニュージーランド料理」として認識されてきた。
マオリの食文化がメインストリームに浮上することは、「ニュージーランドの食とは何か」という問いに対する答えの再構成でもある。移住者として何を食べるかは個人の自由だが、この国の食卓にマオリの食文化が戻ってきている動きは、知っておく価値がある。
マラエ(marae、マオリの集会所)でのハンギに招待される機会があれば、ぜひ参加してほしい。食事の前のカラキア(祈り)から、全員で食べる行為まで、食が「栄養摂取」以上のものであることを体感できる場だ。