パブロヴァ論争——NZとオーストラリアが国菓子の起源で争う理由
メレンゲの上にフルーツを載せたパブロヴァは、NZとオーストラリアの両方が「うちが発祥だ」と主張する。この論争が食文化を超えて国民アイデンティティの問題になる理由。
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クリスマスのディナーテーブルにパブロヴァがないNZの家庭は珍しい。外はサクッ、中はマシュマロのように柔らかいメレンゲの上に、生クリームとキウイフルーツ、パッションフルーツ、ベリー類を山盛りにしたこのデザートは、NZの「国菓子」と言っていい存在だ。ただし、タスマン海を挟んだ隣の国も全く同じ主張をしている。
論争の中身
パブロヴァの名前は、1920年代にオセアニアを巡演したロシアのバレリーナ、アンナ・パヴロワに由来する。NZ側は「1926年にウェリントンのシェフが考案した」と主張し、オーストラリア側は「いや、こっちが先だ」と譲らない。
2008年にオックスフォード大学の研究者が調査し、「パブロヴァという名前のメレンゲケーキのレシピが最初に確認できるのは1927年のNZ」と発表した。しかしオーストラリア側は「メレンゲにフルーツを載せる料理自体はもっと前からあった」と反論し、決着はついていない。
なぜそこまで熱くなるのか
第三者から見れば「ケーキの起源でそこまで争うか」と思うかもしれない。しかし、NZとオーストラリアの関係を理解すると、この論争の温度感が分かる。
NZは人口約520万人。隣のオーストラリアは約2,700万人で経済規模も5倍以上。NZは常に「オーストラリアの弟」扱いをされる立場にあり、外国人から「NZはオーストラリアの一部でしょ?」と言われることさえある。パブロヴァの起源を主張することは「自分たちには独自の文化がある」という宣言でもある。
同じ構造の論争が他にもある。ラッセル・クロウ(NZ生まれ、オーストラリアで活動)、フラットホワイト(コーヒーの種類。両国が発祥を主張)、ラミントン(ケーキ。オーストラリア発祥とされるがNZも定番)。
パブロヴァの文化的位置づけ
NZの家庭でパブロヴァが登場するのは、クリスマス、誕生日、バーベキューパーティのデザートとしてだ。「特別な日のお菓子」であり、日常的にカフェで食べるものではない(カフェにもあるが、家庭で作るのが本流)。
作り方の議論も真剣だ。メレンゲの焼き加減、砂糖の量、酢やコーンスターチを入れるかどうか。各家庭に「うちのレシピ」があり、他の家のパブロヴァを食べて「うちの方が美味しい」と思うのがNZの正しい態度だとされる。
日本人にとってのパブロヴァ
初めてNZのパブロヴァを食べると「甘い」と感じる人が多い。メレンゲ自体が砂糖の塊なので、日本のケーキの甘さとは次元が違う。しかし、フルーツの酸味と生クリームの脂肪分が加わると、意外とバランスが取れている。
NZ在住の日本人がクリスマスパーティに招かれたとき、パブロヴァを持参するとホストに喜ばれる。ただし「オーストラリアのお菓子だよね?」とは絶対に言ってはいけない。冗談で済む場合もあるが、本気で怒る人もいる。
食べ物の起源論争は世界中にある。日本にもラーメンの元祖論争がある。しかし、パブロヴァ論争が面白いのは、ケーキ1つに二つの国のアイデンティティと兄弟関係の複雑さが凝縮されている点だ。メレンゲの中に国民感情が詰まっている。