パブロバ戦争——NZとオーストラリアが菓子の「国籍」で100年揉めている理由
メレンゲの上にフルーツとクリームを載せたパブロバ。NZとオーストラリアの双方が「自国発祥」と主張するこの菓子をめぐる100年越しの論争が、両国の関係を映し出す。
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パブロバ(Pavlova)はメレンゲを焼いた土台にホイップクリームとフルーツを載せたデザートだ。外はパリパリ、中はマシュマロのように柔らかい。クリスマスや誕生日のテーブルに必ず登場する、オセアニアの国民的菓子だ。
問題は、NZとオーストラリアの両方が「パブロバは自国発祥だ」と主張していることだ。この論争は少なくとも1920年代から100年以上続いている。
起源の争点
パブロバの名前は、1926年にオーストラリアとNZを巡業したロシアのバレリーナ、アンナ・パブロワに由来する。「彼女のように軽くて美しいデザート」という意味で名付けられたとされる。
- NZ側の主張: 1929年にウェリントンのホテルのシェフが考案した
- オーストラリア側の主張: 1926年にパースのホテルのシェフが考案した
2015年、オックスフォード大学のヘレン・リーチ教授がレシピのアーカイブを調査し、「現在の形のパブロバに最も近いレシピは1929年のNZのものだが、メレンゲベースのデザート自体はそれ以前から両国に存在した」という結論を出した。
つまり「発明」の定義次第で両方が正しい——という、どちらの国も完全には満足しない結論だ。
なぜこんなに揉めるのか
パブロバ論争はケーキの話に見えて、NZとオーストラリアの関係性そのものだ。
両国は言語・文化・法制度が極めて似ている。NZ人はオーストラリアで自動的に労働・居住する権利を持つ(Trans-Tasman Travel Arrangement)。距離的にも近い。東京から大阪くらいの文化的近接性だ。
その中で「自分たちはオーストラリアとは違う」と示すためのアイデンティティマーカーが必要になる。パブロバ、Flat White(コーヒー)、Russell Crowe(俳優)——「あれは本当はうちのものだ」という主張は、独立した国家としての存在証明だ。
日本と韓国のキムチ論争、アメリカとイギリスの英語の正統性論争と同じ構造だ。文化的に近い国ほど、差異を強調する動機が強くなる。
パブロバの作り方で見える文化差
面白いのは、NZとオーストラリアでパブロバのレシピが微妙に異なることだ。
- NZ: メレンゲの内側がマシュマロ状に柔らかい。フルーツはキウイフルーツとパッションフルーツが定番
- オーストラリア: メレンゲが全体的にサクサクに焼かれる傾向。フルーツはストロベリーとマンゴー
トッピングに自国のフルーツを使う点に、領土意識が反映されている。NZはキウイフルーツ(国産品)を使い、オーストラリアはマンゴー(クイーンズランド産)を使う。
日本人在住者のパブロバ体験
NZに住む日本人がクリスマスディナーに招かれると、高い確率でパブロバが出てくる。そして高い確率で「これはNZ発祥のデザートだからね」というコメントが添えられる。
「甘すぎる」が日本人の初期反応だ。メレンゲの砂糖量は凄まじく、1切れのカロリーは300〜400kcalに達する。しかし2〜3回食べると、生クリームの軽さとパッションフルーツの酸味がメレンゲの甘さを相殺する構造に気づく。
パブロバが好きになるかどうかは個人の嗜好だが、「これはNZのもの?オーストラリアのもの?」と聞くのは避けた方がいい。場が盛り上がるか、険悪になるかは五分五分だ。
国籍を持つ菓子が、2つの国のアイデンティティを映す鏡になっている。パブロバは甘いが、この論争は甘くない。