ポッサム8,000万匹問題|ニュージーランドが毛皮にして解決する方法
ニュージーランドには推定約3,000万匹のポッサムが生息し、年間約2万1,000トンの植物を食べ尽くす。駆除と活用の間で揺れるこの国の生態系管理戦略を追う。
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ニュージーランドには哺乳類の陸上捕食者が元々存在しなかった。鳥類が生態系の頂点に立ち、飛べない鳥(キーウィ、タカヘ、ウェカなど)が地上を歩いていた。
1837年、毛皮産業のためにオーストラリアからブラシテイル・ポッサム(brushtail possum)が持ち込まれた。天敵がいない環境でポッサムは爆発的に増殖し、ピーク時には推定7,000万〜8,000万匹に達した。現在でも約3,000万匹が生息していると推定されている。
人口より6倍多い。
何が問題なのか
ポッサムは雑食性で、1匹あたり1日約300gの植物を消費する。3,000万匹×300g×365日。年間で約2万1,000トンの植物が食べられている計算だ。
被害は在来植物だけではない。ポッサムは鳥の卵やヒナも捕食する。キーウィの卵、ケレルー(ニュージーランド鳩)のヒナ、固有種の昆虫——捕食者がいない前提で進化した動物にとって、ポッサムは壊滅的な存在だ。
さらに、ポッサムは牛結核菌(bovine tuberculosis)のキャリアでもある。酪農国ニュージーランドにとって、牛への感染リスクは経済的な脅威だ。
1080と空中散布
ニュージーランド政府の主な駆除手段は1080(ソディウム・フルオロアセテート)という毒餌の空中散布だ。ヘリコプターから森林に毒餌を撒き、ポッサムとネズミを駆除する。
1080はニュージーランドで最も議論の多い環境政策の一つだ。支持者は「在来種を守るための唯一の現実的手段」と主張し、反対者は「無差別に毒を撒くことの生態系への影響が不明」と批判する。
科学的な研究では、1080散布後にキーウィやロビン(ニュージーランドコマドリ)の生存率が向上することが確認されている。一方で、散布地域の水質や土壌への長期的影響については議論が続いている。
「殺す」から「使う」へ
近年注目されているのが、ポッサムの経済的活用だ。
ポッサムファー: ポッサムの毛皮は保温性に優れ、メリノウールと混紡した「ポッサム・メリノ」は高品質な防寒素材として知られる。手袋、靴下、セーターなどに加工される。NZD50〜150(約4,600〜13,800円)程度の製品が多い。
ポッサム肉: 近年、ペットフード用のポッサム肉が商品化されている。人間用の食品としては一般的ではないが、ブッシュフード(野生食材)のレストランでメニューに載ることがある。
駆除にコストをかけるだけでなく、駆除した個体を経済的に活用する——この発想が「Predator Free 2050」戦略と連動している。
Predator Free 2050
2016年にニュージーランド政府が掲げた「Predator Free 2050」は、2050年までにポッサム、ネズミ、オコジョをニュージーランドから完全に排除するという計画だ。
完全排除は前例のない規模の生態系介入であり、実現可能性について科学者の間でも意見が分かれている。島嶼部(離島)では成功例があるが、南島の広大な山岳地帯から全てのポッサムを除去することは技術的に極めて困難だ。
現在は遺伝子ドライブ(gene drive)技術——特定の遺伝子を集団内に拡散させて繁殖能力を低下させる手法——の研究も進められている。
裏庭のポッサム
在住者にとってポッサムは、夜に屋根の上を走り回る騒音の原因でもある。ドスドスという足音で目が覚める。庭の果物の木がある家では、ポッサムがリンゴやプラムを食べ尽くす被害が日常的に起きる。
「かわいい見た目」と「生態系の破壊者」の二面性。ポッサムとの関係は、ニュージーランドの自然保護が抱える矛盾——外来種を殺してでも在来種を守るという選択——を、最も身近なスケールで可視化している。