7,000万匹のポッサム——ニュージーランドが「害獣」を高級素材に変えた話
ニュージーランドに持ち込まれたオーストラリア原産のポッサムは7,000万匹に増殖し、在来種を脅かしています。この害獣を毛皮やメリノウール混紡に活用する産業が成立しています。
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ニュージーランドの森を夜に歩くと、木の上から光る目がこちらを見ています。ポッサム(Brushtail Possum)。オーストラリア原産のこの有袋類は、1837年に毛皮産業のためにニュージーランドに持ち込まれました。天敵のいないこの国で爆発的に繁殖し、現在の推定個体数は約7,000万匹(DOC: Department of Conservation推計)。人口の約13倍です。
在来種を食べ尽くす
ニュージーランドの生態系は、哺乳類の天敵がいない環境で進化しました。キウイ、カカポ(飛べないオウム)、トゥアタラ(ムカシトカゲ)——これらの在来種は、捕食者を想定していない。
ポッサムは1晩に約21gの植物を食べます。7,000万匹が毎晩食べる量は、年間約21,000トンの葉や果実に相当するとされています。在来の木々が枝ごと裸にされ、キウイの卵やヒナも捕食します。
ニュージーランド政府が掲げる「プレデター・フリー2050(Predator Free 2050)」計画——2050年までにポッサム、ネズミ、オコジョを根絶するという野心的なプロジェクト——の最大のターゲットのひとつが、このポッサムです。
「殺す」から「使う」へ
年間数百万匹のポッサムが毒餌(1080ポイズン)やトラップで駆除されています。しかし、一部の企業家はこの害獣に別のアプローチを取りました。「殺すだけでなく、使おう」。
ポッサムの毛は極めて細く、中空構造を持つため断熱性に優れています。これをメリノウール(メリノ種の羊毛)と混紡した「Possum Merino」は、カシミア並みの柔らかさと高い保温性を兼ね備えた高級素材として市場に出ています。
ポッサムメリノのセーター1枚は150〜300NZD(約13,800〜27,600円)。ソックスでも30〜50NZD(約2,760〜4,600円)。「害獣の毛で作った高級品」という矛盾した物語が、観光客へのマーケティングとして機能しています。
トラッパーという職業
ニュージーランドの地方には、ポッサムの捕獲を専門にするトラッパー(罠猟師)がいます。DOCの契約トラッパーとして害獣駆除に従事する人もいれば、毛皮の買い取り価格で生計を立てるフリーランスのトラッパーもいます。
ポッサムの毛皮1枚の買い取り価格は品質によって3〜15NZD(約276〜1,380円)程度。効率の良いトラッパーは1日に数十匹を捕獲し、毛皮を集めてバイヤーに売ります。
ただし、これで十分な収入を得るのは簡単ではありません。トラッピングは体力的にもきつい仕事で、ニュージーランドの辺境部で長期間キャンプしながら罠を管理する生活です。
環境と経済の接点
ポッサム産業は、「環境保全と経済活動を両立させる」モデルとして注目されています。害獣を駆除するだけなら税金がかかるだけですが、毛皮を商品化することで一部のコストを回収できる。
ニュージーランド産ポッサムメリノ製品は、日本でもオンラインで購入可能です。在住日本人の中には、一時帰国のお土産としてポッサムメリノのソックスやスカーフを選ぶ人もいます。「害獣の毛なんです」と説明すると話のネタにもなる。
7,000万匹の害獣をゼロにする目標はあまりに壮大ですが、少なくともその過程で生まれた産業は、ニュージーランドらしい実用的な知恵を感じさせます。問題を嘆くのではなく、形を変えて利用する。この国の「やってみる精神(Number 8 wire mentality)」が、ポッサムの毛皮にも表れています。