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害獣の毛皮がラグジュアリー素材に——NZのポッサムメリノという逆転の発想

NZでは年間7,000万匹のポッサムが生態系を破壊しています。この害獣の毛皮をメリノウールと混紡した「ポッサムメリノ」は、駆除と高付加価値製品を両立させた世界でもユニークな素材です。

2026-05-14
ファッション環境生態系

この記事の日本円換算は、1NZD≒92円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(NZD)の金額を基準にしてください。

ニュージーランドのお土産屋でよく見かける「ポッサムメリノ」の手袋やマフラー。カシミアのように柔らかく、メリノウールより軽く、しかも暖かい。1足の手袋が約50〜80NZD(約4,600〜7,360円)。

この素材の原料は「害獣」です。しかも、NZ政府が年間数十億円の予算を投じて駆除を続けている害獣。

ポッサムはなぜNZにいるのか

ブラシテール・ポッサム(Brushtail Possum)はオーストラリア原産の有袋類です。1837年、毛皮産業のためにオーストラリアからNZに持ち込まれました。

NZにはポッサムの天敵がいません。もともとNZにはコウモリ以外の在来哺乳類がおらず、鳥類が生態系の頂点に立っていた。そこにポッサムが放されたのは、草原に虎を放つようなものでした。

現在のNZのポッサム推定個体数は約7,000万匹。NZの人口が約510万人であることを考えると、人間1人あたり約14匹。毎晩、NZ全土の森林で約2万1,000トンの植物が食べられています(NZ環境保全省の推計)。NZ固有の樹木、鳥の卵、昆虫も捕食対象です。

さらに、ポッサムは牛結核菌(Bovine Tuberculosis)の保菌者でもあり、NZの酪農産業にとっても深刻な脅威です。

駆除からテキスタイルへ

NZ政府は2016年に「Predator Free 2050」を宣言し、ポッサム・ラット・オコジョの完全排除を目指しています。駆除費は年間数百億円規模。しかし7,000万匹を殺すだけでは「もったいない」——毛皮を利用できないか。ここからポッサムメリノの産業が生まれました。

ポッサムファイバーの特性

ポッサムの毛には特異な物理的特性があります。

特性ポッサムメリノウールカシミア
繊維の直径(マイクロン)約14〜18約17〜22約14〜16
中空繊維はいいいえいいえ
熱伝導率極めて低い低い低い

ポッサムの毛は中空構造(Hollow fibre)を持っています。パイプのように中が空洞になっていて、空気が断熱材の役割を果たす。これが「メリノウールより軽いのに暖かい」理由です。

ただし、ポッサムの毛だけでは繊維として弱く、糸にしにくい。そこでメリノウール(強度と弾力性を提供)やシルク(光沢と滑らかさを提供)と混紡することで、実用的な素材にしています。

一般的な配合比率は「ポッサム40% + メリノ50% + シルク10%」。この配合がポッサムメリノのスタンダードです。

「エシカル」の複雑さ

「害獣駆除の副産物を有効利用している」点でサステナブルとされる一方、毛皮産業の成立がポッサム養殖のインセンティブを生む可能性も指摘されています。現時点では原料は全て野生のポッサムからで、養殖は行われていません。

どこで買えるか

NZ国内ではUntouched World(クライストチャーチ)やMerinomink(オークランド)が代表的なブランドです。手袋50〜80NZD(約4,600〜7,360円)、マフラー80〜150NZD(約7,360〜13,800円)、セーター300〜600NZD(約27,600〜55,200円)が相場。観光地のお土産屋にも並んでいますが、ブランド直営店やオンラインの方が品質・価格ともに安心です。

害獣がブランドになる

ポッサムメリノは、「問題を裏返して価値にする」NZ的な発想の好例です。

7,000万匹の害獣を抱える問題を、「世界で最も暖かい天然素材」の供給源に変える。駆除コストの一部を毛皮の売上で回収し、高付加価値の輸出品を生み出す。生態系保全とビジネスが対立するのではなく、同じ方向を向く構造を作る。

冬のNZでポッサムメリノの手袋をしていると、その暖かさの向こうに、外来種と固有種の戦い、人間が持ち込んだ生態系の歪み、そしてそれを「素材」に変えた人間のしたたかさが感じられます。

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