南島の西海岸で血を吸われる——ニュージーランドのサンドフライという試練
ミルフォード・サウンドやウエストコーストの絶景の裏に潜むのが、サンドフライ(ブヨの一種)です。刺されると1週間以上かゆみが続くこの虫と、NZ在住者がどう付き合っているかを解説します。
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ミルフォード・サウンド。フィヨルドの絶壁が水面に映り、滝が霧となって落ちてくる。世界で最も美しい場所のひとつと言われるこの景勝地で、観光客が最も多く口にする言葉は「すごい」ではなく「痛い」です。
サンドフライ(Sandfly)。ニュージーランドの南島西海岸に大量に生息する吸血性の小さな虫。正式にはAustrosimulium属のブユ(ブヨ)の一種で、体長は2〜3mm。蚊のように「プーン」と音を立てずに近づき、皮膚を噛み切って血を吸います。
蚊とは違う痛み
サンドフライに刺された(正確には噛まれた)直後は、チクッとした痛みがあります。蚊のように気づかないうちに刺されることもありますが、数時間後から本格的なかゆみが始まる。
そのかゆみが尋常ではない。蚊に刺された時の3〜5倍のかゆみが、1週間から2週間続きます。掻くと悪化し、水ぶくれになり、跡が数ヶ月残ることも。アレルギー体質の人は腫れが広範囲に及ぶこともあります。
在住日本人の間では「NZで最も嫌われている生き物」として蚊やゴキブリ(NZにはほぼいない)を抑えてトップに君臨しています。
生息地域と活動時間
サンドフライは主に南島の西海岸、フィヨルドランド、およびそれに隣接する地域に多く生息しています。具体的には以下のエリア。
- ミルフォード・サウンド / ミルフォード・トラック
- ルートバーン・トラック
- ウエストコースト(ホキティカ、フランツ・ジョセフ、フォックス氷河周辺)
- フィヨルドランド国立公園全域
- スチュアート島
北島にもサンドフライはいますが、南島西海岸ほどの密度ではありません。
活動が最も激しいのは、夏(12〜2月)の朝と夕方。日中の強い日差しの下では活動が鈍りますが、曇りの日は終日飛んでいます。風が強い日は比較的少ない。雨上がりの無風の夕方が最悪の条件です。
マオリの伝説
サンドフライの起源については、マオリの伝説があります。
女神ヒネヌイテポー(Hine-nui-te-po)がフィヨルドランドの美しさに見とれた人間たちが立ち去らなくなることを恐れ、サンドフライを放って人間を追い出した——という話です。
実際、サンドフライがいなければフィヨルドランドの美しい海岸線には人が住み着いていたかもしれない。この伝説は、生態系の防御機能を神話的に説明する巧みな語りです。
対策——何が効いて何が効かないか
NZに長く住んでいる人たちの実践的な対策を紹介します。
効果ありとされるもの
- DEET含有の虫除けスプレー: DEET濃度20〜30%以上のものが推奨される。NZのスーパーやファーマシーで購入可能。Bushman社やOff!社の製品が定番
- ピカリジン(Picaridin)含有スプレー: DEETのアレルギーがある人向け。効果はDEETと同等とされる
- 長袖・長ズボン: 物理的に皮膚を覆う。暑くてもフィヨルドランドではこれが最善策
- 明るい色の服: サンドフライは暗い色(黒・紺)に寄ってくる傾向がある
- 風のある場所にいる: サンドフライは風速5km/h以上で飛行困難になる
シトロネラ等の天然系虫除けは持続時間が短く、サンドフライには効きが弱い。刺された後は冷水で冷やし、抗ヒスタミンクリーム(Anthisan等)を塗り、絶対に掻かないこと。掻くと化膿するリスクがあります。
サンドフライと共存する
NZ在住者は、サンドフライを「嫌だけど仕方ない」ものとして受け入れています。キャンプ、トランピング(ハイキング)、フィッシング——アウトドア活動がライフスタイルの一部であるNZでは、サンドフライを避けて暮らすことはできない。
「サンドフライがいるから南島西海岸に行かない」という選択は、「雨が降るからニュージーランドに住まない」と言うのと同じくらいナンセンスです。
DEETを塗り、長袖を着て、風のある場所を選ぶ。それでも何カ所かは刺される。1週間かゆい。でも、その代わりに見られる景色がある。サンドフライは、ニュージーランドの絶景に課された入場料のようなものです。