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裏庭の小屋で世界を変える——NZの「シェッドカルチャー」とDIY精神

NZの地方に行くと、裏庭の小屋(Shed)で機械を修理し、家具を作り、農業機械を改造している人に出会います。このシェッドカルチャーは「No.8 Wire Mentality」の物理的な実体であり、NZ的イノベーションの原点です。

2026-05-14
DIY文化地方

この記事の日本円換算は、1NZD≒92円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(NZD)の金額を基準にしてください。

NZの郊外や地方の住宅地を歩いていると、裏庭に「小屋」が建っているのに気づきます。Shed(シェッド)と呼ばれるこの小屋は、物置ではありません。工房です。

中を覗くと(NZ人は覗かれるのを嫌がりませんが)、電動工具、溶接機、木材、金属パーツ、そして何かの「途中のもの」がある。テーブルを作っているのかもしれないし、トラクターのパーツを改造しているのかもしれないし、子どもの自転車を修理しているのかもしれない。

NZ人にとってShedは「自分の手で何かを作る場所」であり、精神的にはシリコンバレーのガレージと同じポジションです。ただし、こちらはIPOを目指しているわけではなく、目の前の問題を自分で解決しようとしている。

No.8 Wire Mentality

NZの国民性を語る際に必ず出てくるフレーズが「No.8 Wire Mentality」。No.8ワイヤーとは、牧場の柵に使われる太さ4mmの針金のこと。

19〜20世紀のNZ開拓時代、イギリスから数万キロ離れた島で部品や専門家を調達するのは不可能に近かった。壊れた農機具を修理する部品が手に入らなければ、No.8ワイヤーで代用した。蝶番が壊れればワイヤーで作り、排水管が割れればワイヤーで補強し、動物を捕獲する罠もワイヤーで作った。

「手元にあるもので、なんとかする」。この精神がNo.8 Wire Mentalityであり、シェッドはその実践の場です。

シェッドで生まれたもの

NZの歴史で、シェッドやガレージから生まれた発明は少なくありません。

  • ジェットボート: ビル・ハミルトンが1950年代にカンタベリー地方の自宅で開発。浅い川を高速で航行するための推進システムで、現在はクイーンズタウンの観光アトラクションとして世界的に知られる
  • 電気柵(Electric Fence): ビル・ギャラガーが1938年に自家用車のイグニッションコイルを改造して作った。現在、Gallagher Group は電気柵の世界的メーカー
  • マーティン・ジェットパック: クライストチャーチのグレン・マーティンが自宅のガレージで開発を始めた個人用飛行装置

これらは「天才の発明」というよりも、「近くに専門家がいないから自分でやった」結果です。必要は発明の母、というのは世界共通ですが、NZでは地理的な隔離がその「必要」を増幅させました。

Men's Shed運動

シェッドカルチャーのもう一つの側面は、コミュニティの機能です。

2000年代後半からNZ(とオーストラリア)で広がった「Men's Shed」運動は、地域の男性が共同のシェッドに集まり、木工や金工をしながら交流する活動です。

背景には、NZの男性の孤立問題があります。NZは世界的に見ても若年男性の自殺率が高い国であり(NZ統計局)、特に地方の農村部で高齢男性の社会的孤立が問題視されています。

Men's Shedは「相談室」ではなく「作業場」です。カウンセリングではなく、隣で同じ作業をしながら自然に会話が生まれる環境を作る。「話す」ことを強制しないが、「いる場所」を提供する。このアプローチは日本の「男の居場所づくり」にも通じるかもしれません。

NZ全土に約100カ所以上のMen's Shedがあり、MENZSHED NZが全国組織として運営を支援しています。

DIYと住宅

NZ人のDIY精神は住宅にも現れています。NZではDIYでの住宅改修が一般的で、ホームセンター(Bunnings、Mitre 10)は週末の人気スポットです。

ただし、2004年のBuilding Act改正以降、構造に関わる工事(基礎、屋根、配管、電気)はライセンスを持った業者が行う必要があります。「DIYで増築した」結果、建築基準を満たさず、売却時に問題になるケースもあるため、中古住宅購入時にはDIY改修の有無を確認することが推奨されます。

ハードウェアストアの国

Bunnings Warehouse(オーストラリア系)とMitre 10(NZ系)の2大チェーンが、DIY文化を支えています。Mitre 10のウェブサイトにはデッキの作り方やフェンスの張り方が無料公開されており、「自分の家を自分で直す」前提のコンテンツです。

NZ人が業者に頼むのは、法律で義務付けられた工事か、自分では本当に無理な場合だけ。専門業者の工賃が1時間80〜120NZD(約7,360〜11,040円)と高いことも、DIY志向を後押ししています。自分でやれば材料費だけ。結果が完璧でなくても、「No.8 Wire」の誇りがある。シェッドの中で回る電動ノコギリの音は、この国の文化のサウンドトラックです。

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