羊毛の値段が1kg NZD1.50まで落ちた|ニュージーランドの羊産業の構造転換
ニュージーランドの羊の頭数は1982年のピーク時7,000万頭から約2,500万頭に減少。合成繊維の台頭で羊毛価格が暴落した後、この国の農業はどう変わったのか。
この記事の日本円換算は、1NZD≒92円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(NZD)の金額を基準にしてください。
1982年、ニュージーランドの羊の頭数は約7,000万頭でピークに達した。人口の約20倍。世界で最も「羊の国」だった。
2024年時点の頭数は約2,500万頭。40年で6割以上減少した。人口(約520万人)の5倍弱。それでも多いが、「羊の国」のイメージとは大きく乖離している。
合成繊維が羊毛を殺した
羊毛価格の長期下落トレンドは1960年代に始まった。ナイロン、ポリエステル、アクリルなどの合成繊維が衣料品市場を席巻し、羊毛の需要が構造的に減少した。
強粗毛種(ニュージーランドの主力品種であるロムニー種など)の羊毛価格は、1kgあたりNZD1.50〜3.00(約138〜276円)まで下落した。毛刈りのコスト(1頭あたりNZD3〜5)を考えると、羊毛を売っても利益が出ない——場合によっては赤字になる状態だ。
一部の農家は羊毛を売らずに廃棄している。毛刈りは羊の健康のために必要だが、刈った毛には経済的価値がない。この構造的な矛盾が、羊の頭数減少を加速させた。
羊肉は持ちこたえている
一方で、ラム肉(羊肉)の価格は比較的安定している。ニュージーランドのラム輸出額は年間約NZD40億(約3,680億円)。主要な輸出先は中国、EU、北米。
羊の頭数は減ったが、1頭あたりの肉量は品種改良によって増加している。つまり、「少ない羊で同じ量の肉を生産する」方向に産業が進化した。
羊肉の部位別価格(2025年時点のスーパー参考価格):
- ラムチョップ: NZD28〜35/kg(約2,576〜3,220円/kg)
- ラムレッグ: NZD18〜25/kg(約1,656〜2,300円/kg)
- ラムミンチ: NZD15〜20/kg(約1,380〜1,840円/kg)
日本と比べると安いが、ニュージーランドの食料品全般が値上がりしている中で、ラム肉は「日常的に食べる肉」から「少し高い肉」にポジションが変わりつつある。
羊から牛へ
羊の頭数が減った分、何が増えたか。乳牛だ。
1990年の乳牛頭数は約320万頭。2020年には約620万頭にほぼ倍増。酪農の方が収益性が高いため、羊牧場を酪農に転換する農家が相次いだ。
ただし、酪農への転換は環境問題を引き起こしている。乳牛の方が羊より水を大量に消費し、糞尿の量も多い。河川汚染と温室効果ガス排出の増加が、酪農拡大の代償だ。
メリノウールという例外
羊毛全体が衰退する中で、メリノウール(fine wool)は例外的に高価格を維持している。メリノ種の毛は繊維が細く(直径15〜24ミクロン)、アウトドアウェアや高級衣料品に使われる。
ニュージーランドのIcebreaker(アイスブレーカー)やAllbirds(オールバーズ)は、ニュージーランド産メリノウールを使った製品で世界市場を開拓した。メリノウールの価格は1kgあたりNZD15〜30(約1,380〜2,760円)と、一般的な強粗毛種の10倍以上。
メリノ種は南島の山岳地帯(マッケンジーカントリーやワナカ周辺)で主に飼育されている。頭数は全体の約10%に過ぎないが、価値の高い羊毛を生産する「プレミアムセグメント」だ。
風景の中の羊
在住者にとって羊は、ドライブ中に車窓から見える風景の一部だ。緑の丘陵に白い点が散在する光景はニュージーランドの象徴だが、30年前に比べれば羊の密度は確実に減っている。
その代わりに見える黒い点が乳牛だ。羊から牛へ——この風景の変化は、ニュージーランドの農業経済の構造転換を、最もわかりやすい形で可視化している。