MM2HビザとポルトガルNHR税制、設計の思想は同じだった
マレーシアMM2Hとポルトガル旧NHR(現IFICI)に共通する「富裕な外国人を呼び込んで消費させる」設計思想を抽出。似て非なる点と、どちらも長期維持が保証されない理由を整理する。
マレーシアのMM2Hビザとポルトガルの旧NHR税制(現IFICI)は、地理的にも文化的にも全く異なる制度だ。だが設計の思想を抽出すると、同じロジックで動いている。
共通する設計思想: 「消費する外国人」を集める
MM2HもNHRも、ターゲットにしているのは「現地で稼ぐ外国人」ではなく「海外で稼いだ金を現地で使う外国人」だ。
MM2H(Malaysia My Second Home): 固定預金をマレーシアの銀行に預けさせ、現地で不動産を購入させ、生活費を消費させる。Silver(USD 150,000預金・RM 600,000物件購入)、Gold(USD 500,000・RM 1,000,000)、Platinum(USD 1,000,000・RM 2,000,000)の3層構造(マレーシア入国管理局、2025年時点)。
NHR(Non-Habitual Resident)→ IFICI: 海外源泉所得を非課税(または軽減税率)とすることで、海外で稼いでいる富裕層をポルトガルに呼び込む。10年間の税制優遇で移住のインセンティブを与え、その間に不動産購入・消費・ゴールデンビザ投資を期待する設計だった。旧NHRは2024年4月に新規申請を締め切り、後継のIFICIが2024年1月から運用開始(KPMG、2025年報告)。
どちらも「外国人の資産を国内に引き込み、消費と投資で経済を潤す」ことが目的だ。
似て非なる点を正確に整理する
| 項目 | MM2H(マレーシア) | NHR / IFICI(ポルトガル) |
|---|---|---|
| 主なインセンティブ | 長期滞在ビザ | 税制優遇(海外所得非課税) |
| 金融要件 | 固定預金 + 不動産購入が必須 | なし(ただしゴールデンビザは別制度で不動産投資あり) |
| 滞在義務 | 50歳未満は年90日以上 | 税務居住者要件(年183日以上) |
| 有効期間 | Silver 10年 / Gold 15年 / Platinum 20年 | 10年間の税制優遇 |
| 就労制限 | 原則不可(一部条件付きで可) | 制限なし(ポルトガル国内で就労可) |
| 後継制度 | 2021年に大幅改訂(要件引き上げ) | NHR終了 → IFICI(2024年〜) |
重要な構造の違い: お金の「置き場所」
MM2Hは資産を「置かせる」設計だ。固定預金はマレーシアの銀行に入れなければならず、2年目以降は50%まで引き出し可能だが、残りはロックされる。不動産購入も必須。つまり、物理的に資産をマレーシア国内に固定させる。
NHR/IFICIは資産を「移さなくてもいい」設計だった。税制優遇を受けるために必要なのはポルトガルの税務居住者になることだけで、資産の移転義務はない。海外の銀行口座・投資口座をそのまま維持しながら、ポルトガルに住んで税制優遇を受けられた。
この違いは、撤退のしやすさに直結する。
MM2Hは固定預金と不動産がロックされるため、制度が改悪されたときの撤退コストが高い。NHR/IFICIは資産がポルトガル国外にあるため、制度が変わっても移動コストが低い。
どちらも「改悪」の歴史がある
MM2H: 2021年に要件が大幅に引き上げられた。それまでは50歳以上で月収RM 10,000+固定預金RM 150,000で取得できたものが、最低固定預金USD 150,000+不動産RM 600,000に跳ね上がった。既存のMM2Hホルダーの更新条件も引き上げられ、大きな混乱が起きた。
NHR: 2024年4月に新規申請を終了。それまでの10年間、海外年金所得への10%フラットレートなど寛大な税制で世界中から富裕層を集めていたが、政治的な反発(「外国人だけ税金が安い」)で制度が終了した。後継のIFICIは対象を「科学研究・イノベーション分野の高度専門人材」に限定し、年金所得はポルトガル国内で通常税率で課税される(IBA、2025年報告)。
制度が変わるリスクをどう考えるか
MM2HもNHRも、導入時は「外国人を呼び込む」目的で寛大な条件を設定した。だが、制度が成功して外国人が増えると、国内から「外国人優遇」への反発が出る。政治的圧力で条件が引き上げられるか、制度自体が終了する。
このパターンは両国に共通している。そして他の国でも同じことが起きている。
- タイのロングステイビザ(リタイアメントビザ)も、銀行残高証明の偽造対策で審査が厳格化された
- UAEのフリーランスビザも、フリーゾーンごとに条件が頻繁に変わる
- オーストラリアの投資家ビザ(subclass 188/888)も、2024年に廃止が発表された
「今の条件で取れる」ことと「その条件が10年後も維持される」ことは全く別の問題だ。
制度に依存しない移住設計
MM2HやNHR/IFICIのような制度を利用すること自体は合理的だ。だが、制度が「永続する前提」で生活設計を組むのはリスクが高い。
考えておくべきことは以下の3つだ。
- 制度が改悪されたとき、撤退できるか: 不動産を購入している場合、売却にかかる時間とコスト(MM2Hの場合、外国人の不動産売却にはRPGT=不動産利得税がかかる)
- 税務居住地が変わったとき、他のオプションがあるか: NHR/IFICIが終了しても他国のビザに切り替えられる財務基盤があるか
- 資産配分がその国に偏りすぎていないか: MM2Hの固定預金+不動産でマレーシアに資産が集中していると、制度変更時のダメージが大きい
どの国の優遇制度も、「今そこに資産と人が必要だから」用意されている。必要がなくなれば条件は変わる。この前提を持った上で制度を活用することが、長期的な移住設計の土台になる。