医療・保険
海外移住者向け保険と現地の健康保険、どちらに入るべきか——国別の答え
「とりあえず海外旅行保険を延長」している海外移住者が見落としている現地公的保険の加入義務と保障の差。SG・AU・GB・TH・MYの5カ国で「正解」が異なる実態を整理する。
2026-04-06
健康保険海外移住医療保険シンガポールオーストラリアイギリスタイマレーシア
海外に住み始めるとき、多くの人がまず「海外旅行保険」に入る。出発前に空港で加入する、あるいはクレジットカード付帯の保険でカバーする。問題は、それをそのまま延長し続けている人が少なくないこと。
国によっては現地の公的保険に加入義務があったり、現地の保険のほうが保障が手厚かったりする。「正解」は国ごとに違う。
海外旅行保険の限界
まず海外旅行保険の構造を確認しておく。
海外旅行保険の特徴:
- 短期渡航者向けの設計(一般的に最長1〜2年、保険会社による)
- 治療費・入院費をカバー(キャッシュレス対応の病院が多い)
- 歯科は原則カバー外、または上限が低い
- 持病・既往症は原則カバー外
- 妊娠・出産は原則カバー外
- 保険料が年々上がる(年齢とともに)
- 現地での健康診断・予防接種は対象外のことが多い
「とりあえず海外旅行保険」で2〜3年過ごすことは可能だが、長期在住になると以下の問題が出てくる。
- 歯科治療が自費になる: 海外の歯科治療は高額(シンガポールで根管治療SGD 800〜1,500、約10万〜19万円)
- 持病がカバーされない: 渡航後に発症した疾患は対象だが、渡航前からの持病は対象外
- 更新を断られるリスク: クレーム(保険金請求)が多いと更新時に引受拒否される可能性がある
- 保険料の上昇: 40代以降は年間保険料が30万〜50万円に達することも
国別——現地の公的保険と海外旅行保険の比較
シンガポール(SG)
現地の公的保険制度:
- MediShield Life: シンガポール市民(SC)と永住権保有者(PR)は全員加入義務。大きな入院費・手術費をカバーする基礎保険
- MediSave: CPF(中央積立基金)の医療積立口座。入院費・一部の外来費の支払いに使える
EP(Employment Pass)ホルダーの場合:
- MediShield LifeとMediSaveは対象外(CPF非加入のため)
- ただし2023年以降、雇用主はEPホルダーに対して最低SGD 15,000/年の医療保険を提供する義務がある
- この義務保険は入院・日帰り手術をカバーするが、外来・歯科は対象外のことが多い
日本人在住者の現実的な選択:
- 雇用主提供の保険 + 不足分を民間保険(AIA、Prudential、AXA等)で補完
- 歯科は別途カバーが必要
- 海外旅行保険は「移住初期のつなぎ」としては有効だが、長期的にはコスパが悪い
オーストラリア(AU)
現地の公的保険制度:
- Medicare: 市民権保有者・永住権(PR)保有者が対象。GP診察・公立病院が無料〜低額
- ワーホリ・学生ビザは対象外
日本人在住者の場合:
- PR保有者: Medicare加入 + Private Health Insurance(歯科・私立病院カバー)が一般的な組み合わせ
- ワーホリ: 海外旅行保険が現実的な選択肢。民間のOVHC(Overseas Visitors Health Cover)もある
- 学生ビザ: OSHC(Overseas Student Health Cover)が加入義務
ポイント:
- MedicareのBulk Billingが使えれば、GP診察は自己負担ゼロ
- ただし歯科はMedicareでカバーされない。Private Health Insuranceか自費
- 海外旅行保険からMedicare + PHIに切り替えると、歯科・眼科・理学療法もカバーできる(プランによる)
イギリス(GB)
現地の公的保険制度:
- NHS(National Health Service): 税金で運営される国民医療サービス。GPの登録・診察・公立病院での治療が原則無料
- ビザ申請時にIHS(Immigration Health Surcharge)を支払った外国人もNHSを利用可能
- IHS: 年間GBP 1,035(約20万円。2024年改定後の金額。最新情報はUK政府サイトで確認を)
日本人在住者の場合:
- ビザ申請時にIHSを支払っていれば、NHSのGP登録・診察・公立病院治療が利用可能
- NHSは無料だが、GP予約が取りにくい(数週間待ちが珍しくない)という問題がある
- 迅速な診察が必要な場合は、Private GP(自費)を利用する在住者も多い
- 歯科はNHSの歯科医に登録できれば一部カバーされるが、NHS歯科医の登録枠が少なく、Private歯科に通う人が多い
ポイント:
- IHSを支払っていればNHSが使えるので、海外旅行保険はそもそも不要に近い
- ただしNHSの待ち時間問題を回避するために、民間のPrivate医療保険(Bupa、AXA PPP等)を追加する人も
- 海外旅行保険は「NHSが対応しない民間医療を使いたいときの補完」という位置づけ
タイ(TH)
現地の公的保険制度:
- Social Security Fund(SSF/ประกันสังคม): タイの社会保険。雇用されている外国人は原則加入義務あり。給与の5%を労使折半
- SSFに加入すると、指定病院でのGP診察・入院・出産が無料〜低額でカバーされる
- ただし指定病院は公立病院が中心で、英語・日本語対応は限定的
日本人在住者の場合:
- 現地企業に雇用されている場合: SSF加入 + 民間保険(日本語対応の私立病院向け)
- 自営業・リタイアメント: SSFは対象外。民間保険のみ
- タイの民間医療保険は比較的安価(年間THB 15,000〜50,000=約6.5万〜21.5万円、年齢・プランによる)
ポイント:
- SSFがカバーする指定病院は日本語対応でないケースが多い
- バムルンラード病院やサミティベート病院(日本語通訳あり)で治療を受けるなら、民間保険か自費
- 海外旅行保険はキャッシュレス対応の日系クリニックで使えるメリットがあるが、長期在住には割高
- タイのリタイアメントビザ(Non-O)の延長時に保険加入が条件になる場合がある
マレーシア(MY)
現地の公的保険制度:
- マレーシアには外国人が加入できる公的医療保険制度はない
- マレーシア国民はEPF(Employees Provident Fund)経由で一部の医療費が補填されるが、外国人は対象外
- 公立病院(Government Hospital)は外国人も利用可能だが、診察料が市民より高い(とはいえ比較的安価。外来でRM 40〜100程度)
日本人在住者の場合:
- MM2Hビザ保有者: マレーシアの民間医療保険への加入が推奨(MM2Hの条件として医療保険加入が求められる場合がある)
- 就労ビザ保有者: 雇用主提供の民間保険 + 不足分を自費で追加
- マレーシアの民間医療保険は比較的安価(年間RM 2,000〜8,000=約7.8万〜31万円、年齢・プランによる)
ポイント:
- 公的保険がないので、民間保険は必須
- 公立病院は安いが、英語対応は可能でも日本語対応はない。待ち時間も長い
- 私立病院(Gleneagles、Pantai等)は設備・対応は良いが自費だと高額
- 海外旅行保険からマレーシアの民間保険に切り替えると、保険料が大幅に下がることが多い
国別の「正解」まとめ
| 国 | 公的保険の利用 | 推奨される保険構成 |
|---|---|---|
| SG | MediShield Life(SC/PRのみ) | 雇用主保険 + 民間保険(歯科・外来追加) |
| AU | Medicare(PRのみ) | Medicare + PHI(歯科・眼科カバー) |
| GB | NHS(IHS支払い済みなら利用可) | NHS + 必要に応じてPrivate保険 |
| TH | SSF(雇用者のみ) | SSF + 民間保険(日系病院向け) |
| MY | なし | 民間保険(必須) |
「とりあえず海外旅行保険」を見直すタイミング
海外旅行保険は「移住直後〜6ヶ月」のつなぎとしては優秀。キャッシュレス対応の病院が多く、手続きも簡単。
ただし在住が1年を超えたあたりで、以下の見直しポイントが出てくる。
- 保険料が現地の民間保険より高くなっていないか? 海外旅行保険は年齢が上がると保険料が急上昇する。40代で年間30万円以上払っているなら、現地の民間保険のほうが安い可能性が高い
- 歯科がカバーされているか? 海外旅行保険は歯科カバーが弱い。現地の民間保険なら歯科込みのプランが選べる
- 持病・慢性疾患がカバーされているか? 海外旅行保険は持病が対象外。現地保険なら加入後一定期間(通常12ヶ月)経過後に既往症もカバーされるプランがある
- 現地の公的保険に加入できるようになっていないか? PR取得後はMedicare(AU)やMediShield Life(SG)に加入できる。海外旅行保険を続ける理由がなくなる
保険の「正解」は国と在留資格で変わる。自分の状況に合った組み合わせを、在住1年のタイミングで一度整理してみると、無駄な出費を減らせるし、必要なカバーの穴も埋められる。
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