在シンガポール日本人が確定申告を忘れる理由と、その結果
EP取得→住民票抜く→シンガポールで無税のつもりが、日本の証券口座が残っていて課税対象だったケース。日本の非居住者の税務リスクと無申告のペナルティ、対処法を具体的に解説する。
シンガポールに赴任し、日本の住民票を抜いた。給与所得はシンガポールで課税されるが、個人所得税率は最大22%で日本より低い。所得税ゼロではないが、住民税がない分だけ手取りは増える。ここまでは多くの人が理解している。問題はこの先にある。
よくある落とし穴: 日本の証券口座が残っている
シンガポールに赴任するとき、日本の証券口座をどうしたか。
多くの場合、「特に何もしていない」が正解だ。住民票を抜いても、証券口座が自動的に閉鎖されるわけではない。NISA口座も特定口座も、届け出をしなければそのまま残る。
ここに穴が開く。
日本の所得税法では、非居住者であっても「国内源泉所得」に対して課税される(所得税法第161条)。日本の証券口座で保有している株式の配当金や、売却益は「国内源泉所得」に該当する可能性がある。
つまり、「シンガポールに住んでいるから日本では無税」ではない。日本国内の資産から生じた所得には、日本の課税権が及ぶ。
非居住者の証券口座: 制度上の建前と現実
日本の証券会社の多くは、非居住者になった場合に口座の届け出を義務づけている。届け出をすると、NISA口座は非課税の適用が外れ、特定口座の源泉徴収も止まる。一般口座に移管され、自分で確定申告する必要が出てくる。
だが実態としては、住民票を抜いただけでは証券会社に通知されない。マイナンバーとの紐づけで将来的に把握される可能性はあるが、現時点では「届け出をしていない非居住者」が放置されているケースがある。
放置した場合に何が起きるか。
シナリオ: 何もしなかった場合
- EPを取得し、日本の住民票を抜く(非居住者になる)
- 日本の証券口座はそのまま。NISA枠で投資信託を保有
- 配当金が年間30万円発生。特定口座で源泉徴収されている
- 源泉徴収されているから確定申告は不要だと思っている
- 実は非居住者のNISA口座は非課税対象外。特定口座の源泉徴収も非居住者には適用されない
- 本来は自分で確定申告(非居住者の国内源泉所得として)する必要がある
- 数年後に帰国。税務調査で無申告を指摘される
無申告のペナルティ
国税庁の規定では、確定申告を怠った場合のペナルティは以下の通り。
| ペナルティ | 内容 |
|---|---|
| 無申告加算税 | 納付すべき税額の15%(50万円超の部分は20%) |
| 延滞税 | 年7.3%(納期限から2ヶ月以内)/ 年14.6%(2ヶ月超) |
| 重加算税 | 悪質と判断された場合、35〜40% |
配当所得30万円×5年間で150万円。本税に加えて無申告加算税と延滞税を合わせると、追徴額は数十万円になる可能性がある。
日本・シンガポール租税条約の適用
日本とシンガポールの間には租税条約がある。この条約により、二重課税を回避する仕組みが存在する。
配当所得の場合、日本国内で源泉徴収された税金について、シンガポール側で外国税額控除を申請できる。ただし、シンガポールでは配当所得に対する個人所得税が原則非課税(シンガポール国内法人からの配当の場合)なので、外国税額控除の実益がないケースが多い。
結果として、日本側で課税された分がそのまま負担になる場合がある。
対処法: 渡航前・渡航中・帰国時
渡航前にやること:
- 証券会社に非居住者届け出を行う
- NISA口座は非課税の適用が外れることを理解した上で、継続するか解約するか判断する
- 特定口座は一般口座に変更されるため、確定申告の義務が生じることを認識する
渡航中にやること:
- 日本の国内源泉所得が発生している場合、納税管理人を選任する(所得税法第117条)。納税管理人は日本国内の親族や税理士に依頼できる
- 毎年の確定申告を納税管理人経由で行う
- 海外送金の記録を保管する(CRS=共通報告基準により、金融機関間で口座情報が自動交換されている)
帰国時にやること:
- 証券会社に居住者届け出を行う
- 海外在住中の所得の確定申告が漏れていないか確認する
- 漏れがある場合は、自主的に修正申告すれば重加算税は回避できる可能性がある
「シンガポールで無税」は部分的にしか正しくない
シンガポールの個人所得税が低いのは事実だ。だが「日本で無税」は別の話で、日本国内に資産を残している限り、日本の課税権は消えない。
特に注意が必要なのは以下のケースだ。
- 日本の不動産を賃貸に出している(不動産所得は国内源泉所得)
- 日本の証券口座で株式・投資信託を保有している(配当・売却益が国内源泉所得)
- 日本の企業から顧問料・ロイヤリティを受け取っている
シンガポールに住んでいても、日本に資産がある限り「日本の確定申告は不要」にはならない。渡航前に税理士に相談し、非居住者としての税務義務を整理しておくことで、帰国時のトラブルを防げる。