フィリピンのココナッツ産業——世界2位の生産国が抱える農業構造
フィリピンは世界第2位のココナッツ生産国。3,500万人の生活を支える産業の規模、農家の現実、ココナッツオイルブームの影響を紹介します。
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フィリピンの国土の約26%にココナッツの木が植わっています。約350万ヘクタール、3億5,000万本。人口1億1,400万人のうち、約3,500万人がココナッツ産業に直接または間接的に依存しているとされます(PCA, Philippine Coconut Authority)。
世界2位の生産量
ココナッツの生産量で世界1位はインドネシア、2位がフィリピンです。フィリピンは年間約1,450万トンのココナッツを生産しています(FAO, 2023)。
ただし、ココナッツオイルの輸出量ではフィリピンが世界1位です。生産したココナッツの多くを加工品(コプラ、ココナッツオイル、ココナッツミルク等)として輸出しているためです。主な輸出先はアメリカ、EU、日本。
ココナッツは「命の木」
フィリピンではココナッツの木を「Tree of Life(命の木)」と呼びます。果実のほぼ全てが利用されるからです。
- ココナッツウォーター:果実の中の液体。フィリピンではそのまま飲む。街角でPHP 15〜30(約41〜81円)
- ココナッツミルク:果肉を絞った液体。フィリピン料理の基本調味料
- コプラ:果肉を乾燥させたもの。ココナッツオイルの原料
- ココナッツオイル:調理用・美容用・工業用
- ココナッツシュガー:花序の樹液から作る砂糖。低GI食品として輸出需要が増加
- コイアファイバー:果皮の繊維。ロープ・マット・土壌改良材に使われる
- 殻:活性炭の原料。フィリピンは活性炭の世界最大輸出国のひとつ
農家の現実
ココナッツ産業の恩恵は農家に均等に届いていません。
フィリピンのココナッツ農家の平均農地面積は2〜3ヘクタール。小規模農家が全体の約70%を占めます。ココナッツの木は植えてから実をつけるまで6〜8年かかり、1本の木から年間50〜80個の実が収穫できます。
コプラの買取価格は市場変動が大きく、PHP 10〜25/kg(約27〜68円)程度で推移します。小規模農家の月収はPHP 5,000〜10,000(約13,500〜27,000円)にとどまることが多い。
ココナッツ産業は3,500万人の生活を支えていると言われる一方で、ココナッツ農家はフィリピンの最貧困層に属することが多いという矛盾があります。
ココナッツオイルブームの功罪
2010年代、欧米で「ヴァージンココナッツオイル(VCO)」の健康ブームが起きました。スーパーフードとしてのVCO需要は、フィリピンのココナッツ産業に新たな収入源をもたらしました。
VCOの輸出価格は通常のココナッツオイルの3〜5倍。一部の加工業者や大規模農家は恩恵を受けましたが、買取価格に反映されない小規模農家には届きにくい構造です。
ココナッツ税の歴史
フィリピンのココナッツ産業には暗い歴史があります。マルコス政権時代(1970〜80年代)、「ココナッツ税(Coco Levy)」として農家から徴収された資金——推定PHP 100,000,000,000(約2,700億円)以上——が、政権に近い企業グループに流用されたとされています。
2021年にドゥテルテ大統領がココナッツ農家信託基金法(Coconut Farmers and Industry Trust Fund Act)に署名し、この資金の農家への還元が法制化されました。ただし、基金の運用と配分はまだ進行中です。
フィリピンに住んでいると、毎日の食卓にココナッツが登場します。アドボのココナッツミルク煮、ギナタアン(ココナッツミルクのデザート)、揚げ物に使うココナッツオイル。何気なく口にしているその一滴の裏には、3,500万人の生活と100年以上の政治経済史が詰まっています。