ドゥテルテの麻薬戦争は日常をどう変えたか
2016年から始まったドゥテルテ政権の麻薬取締り政策は、多くの死者を出した。マニラの路地で暮らす人々の日常は何が変わり、何が変わらなかったのか。
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2016年6月に就任したロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、「麻薬戦争(Tokhang)」を最優先政策として掲げた。Tokhang(トック・アン・パン・タオ)はビサヤ語で「ノックして説得する」という意味で、警察が麻薬使用者・売人を戸別訪問して自首を促す作戦として始まった。
実態は「説得」にとどまらなかった。疑いをかけられた人物が「抵抗したため」として射殺される事例が相次ぎ、超法規的殺害(EJK:Extra-Judicial Killing)として国際社会から批判を受けた。死者数については政府統計と人権団体の推計に大きな差があり、確定的な数字は論争中だが、数千人規模の死者が出たとされる。
マニラの貧困地区(トンド、パヤタス、カロカン)では、「夜に自分の家の前に知らない人が来て話しかけてきた」「隣人が翌日帰ってこなかった」という体験が日常の一部になった、と語る住民もいた。人権団体のインタビューには、親族の死を語る証言が多数含まれている。
恐怖は表向きの行動を変えた。麻薬の市場は地下に潜り、公衆の場での薬物使用は目に見えて減ったと言われる。ただし構造的な問題(貧困、教育へのアクセス、雇用不足)は変わらず、依存症者への治療プログラムは十分に整備されなかった。
ドゥテルテ政策への国内世論は単純ではない。支持者は「街が安全になった」「強いリーダーが必要だった」と評価する。批判者は「無辜の市民が巻き込まれた」「法治が壊れた」と言う。フィリピン社会の中でこの問題は、今も深い分断を抱えている。
2022年の選挙でマルコスJr.が大統領に就任した後、ドゥテルテと政治的な距離が生まれ、国際刑事裁判所(ICC)がドゥテルテの麻薬戦争を調査対象とする動きも出ている。
外国人がフィリピンに住む際、この歴史を知らないまま「治安がいい」という話をすることがある。都市部の繁华街が安全に見えるのは事実だが、その「安全」がどのようなコストの上に作られたかを知ることは、フィリピン社会を理解するために外せない視点だ。