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モールが「第三の居場所」になる国——フィリピンのエアコン格差と公共空間

フィリピンでは巨大ショッピングモールが買い物だけでなく、涼む場所・待ち合わせ・勉強・デートの場として機能している。エアコンと公共空間の関係を考えます。

2026-05-21
フィリピンショッピングモールSMエアコン文化

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フィリピンの年間平均気温は約27℃。マニラでは3〜5月の暑季に35℃を超える日が続く。そしてフィリピンの家庭のエアコン普及率は約15%(PSA、2022年)。つまり、人口の85%はエアコンなしで熱帯の暑さと暮らしている。この数字がフィリピンのモール文化を理解する鍵だ。

モールは「公共の冷房空間」である

SM Mall of Asia(MOA)の年間来場者数は約2億人と推定されている。単なるショッピングセンターではなく、涼しい空気を求めて人が集まる「公共インフラ」として機能している。

フィリピンのモールでは、何も買わずに何時間も過ごす人が珍しくない。大学生がフードコートのテーブルでノートを広げて勉強する。家族連れがベンチに座って涼む。カップルがモールの通路をデートコースとして歩く。日本のイオンモールに似ている——が、その切実さの度合いが違う。エアコンのない自宅が35℃を超えているとき、モールは避暑地だ。

SM——フィリピン経済の心臓

フィリピンのモール市場を語るとき、SM(Shoe Mart)を避けることはできない。SM Investmentsは故Henry Sy Sr.が1958年に靴屋として創業し、現在はフィリピン最大の財閥グループに成長した。SM系列のモールは全国に80以上あり、SM Supermalls単体でフィリピンの小売市場の相当なシェアを占めている。

SM Mall of Asiaの総賃貸面積は約42万㎡。東京ドーム約9個分だ。内部には映画館、スケートリンク、教会まである。モールの中で生活のほぼすべてが完結する設計になっている。

なぜモールがここまで支配的なのか

フィリピンにモールが増え続ける理由は、エアコンだけではない。公共空間の代替としての機能がある。

フィリピンの多くの都市には、日本やヨーロッパのような「公園で過ごす」文化が育ちにくい条件が揃っている。暑さ、歩道の未整備、治安への不安——これらが屋外の滞在時間を短くしている。結果として、管理された屋内空間であるモールが「安全で涼しい公共空間」のポジションを独占した。

社会学者Ray Oldenburghが提唱した「サードプレイス(第三の居場所)」——家でも職場でもない、人が集まる場所——の役割を、フィリピンではモールが担っている。ヨーロッパのカフェ、日本の居酒屋に相当する場所が、フィリピンでは巨大商業施設なのだ。

電気代という壁

フィリピンの電気代はASEAN諸国の中で最も高い水準にある。家庭用電力料金は1kWhあたり約PHP11〜13(約30〜35円)で、日本とほぼ同水準だ(Meralco、2024年)。だが、平均世帯収入が日本の5分の1以下であることを考えると、電気代の「体感的な重さ」は桁違いだ。

エアコンを1日8時間稼働させると、月額PHP3,000〜5,000(約8,100〜13,500円)の電気代が追加される。月収PHP15,000(約40,500円)の世帯にとって、これは収入の2〜3割に相当する。エアコンが贅沢品である理由がここにある。

在住外国人のモール活用

マニラに住む在住外国人にとって、モールは実用的なハブだ。銀行の支店、携帯キャリアのショップ、ドラッグストア、スーパーマーケット——用事を1カ所で済ませられる効率は高い。

ただし、週末のモールの混雑は覚悟が必要だ。SM Mall of Asiaの週末は映画館のチケット売り場に30分以上の行列ができることもある。平日の午前中に行くのが快適だ。

モールが「エアコンのある公共空間」として機能している構造は、気候変動で気温がさらに上昇すると、ますます強化されるだろう。フィリピンのモール文化は、熱帯の暮らしと資本主義が交差する場所に成立した、独特の公共空間の形だ。

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