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フィリピンは看護師を輸出している——医療人材流出のジレンマ

フィリピンは世界最大の看護師輸出国。年間数万人が海外に渡る一方、国内の病院は人手不足に苦しんでいます。構造的なジレンマを解説します。

2026-05-03
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フィリピンの看護大学の卒業生は年間約10万人。そのうち約2万5,000人が海外に渡ります(POEA, 2023)。世界で働くフィリピン人看護師は推定50万人以上。アメリカの外国人看護師の約30%がフィリピン出身です。

なぜフィリピン人看護師が世界中にいるのか

フィリピンが「看護師輸出国」になった背景には、意図的な政策があります。

1960年代、フィリピン政府はアメリカとの交換ビジター・プログラムを通じて看護師の海外派遣を開始しました。英語が堪能で、アメリカの看護教育カリキュラムに準拠した教育を受けたフィリピン人看護師は、英語圏の病院で即戦力として歓迎されました。

その後、看護師の海外送金がフィリピン経済に大きく貢献することがわかり、看護教育の「産業化」が進みました。2000年代にはフィリピン全土で看護大学が急増し、ピーク時には約500校が乱立。多くの学生が「海外で働くための資格」として看護学位を選びました。

給与格差という構造

看護師が海外に渡る最大の理由は給与格差です。

勤務地看護師の月収(目安)
フィリピン(公立病院)PHP 22,000〜32,000(約59,400〜86,400円)
フィリピン(私立病院)PHP 15,000〜25,000(約40,500〜67,500円)
アメリカUSD 5,000〜8,000(約750,000〜1,200,000円)
イギリスGBP 2,500〜3,500(約475,000〜665,000円)
サウジアラビアSAR 5,000〜8,000(約200,000〜320,000円)
日本(EPA看護師)約250,000〜350,000円

フィリピンの公立病院の看護師の月給が約6〜9万円。アメリカで同じ仕事をすれば75万円以上。この10倍以上の給与格差が人材流出の根本原因です。

国内医療への影響

看護師の流出は、フィリピン国内の医療に深刻な影響を与えています。

公立病院の人手不足:WHO基準では看護師1人あたり患者12人が適正とされていますが、フィリピンの公立病院では1人あたり30〜50人を担当することがあります。

医師から看護師への転向:海外の看護師として働くほうが、フィリピン国内の医師として働くより収入が高い。このため、医学部卒業後に看護資格を取得して海外に渡る「医師→看護師」の転向現象が起きています。

地方の医療崩壊:都市部の私立病院は比較的人材を確保できますが、地方の公立病院は慢性的な人手不足です。

政府の対応

フィリピン政府は看護師の海外派遣を制限するのではなく、「管理」する方針を取っています。

  • POEA(海外雇用庁)による派遣管理:年間の海外派遣看護師数に上限を設定(ただし実効性は限定的)
  • 国内看護師の待遇改善:2024年にRepublic Act No. 11223(Universal Health Care Act)のもとで公立病院看護師の給与が引き上げられた
  • 帰国看護師の再統合プログラム:海外経験を積んだ看護師がフィリピンに戻って指導者になる仕組み

日本との関係

日本はEPA(経済連携協定)を通じて、2009年からフィリピン人看護師・介護福祉士候補者を受け入れています。ただし、日本の看護師国家試験に合格する必要があり、合格率は約20%程度。日本語での試験が高い壁になっています。

フィリピン人看護師が世界中で必要とされている現実と、自国の病院が人手不足で苦しんでいる現実。この矛盾は、グローバル化した労働市場が途上国に突きつけるジレンマの典型です。フィリピンの病院で長い待ち時間を経験したとき、その背景にはこの構造があることを知っておく価値はあります。

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