OPM(オリジナル・ピリピノ・ミュージック)——フィリピン音楽の力
OPMはフィリピン人が世界に誇る音楽文化だ。1970年代に台頭し、今もSNSで世界に拡散するフィリピン人アーティストの歌声が持つ力について。
この記事の日本円換算は、1PHP≒3.6円で計算しています(2026年5月時点)。為替は変動するので、現地通貨の金額を基準にしてください。
フィリピン人の歌の上手さは、世界的に認知されつつある。カラオケの発祥は日本だが、カラオケ文化をここまで日常に組み込んでいる国はフィリピンも有力候補に入る。
その音楽文化の核にあるのが「OPM(Original Pilipino Music)」だ。1970年代に、フィリピン語で作られたポップ・バラードが「オリジナル」の音楽として台頭したことが始まりとされる。それまでの「アメリカのヒット曲をカバーする」時代から、フィリピン人が自分たちの言葉で書いた音楽へというシフトだ。
OPMの代表的なアーティストとして、フレデリー・アギラルの「Bayan Ko」(我が祖国)は政治的な文脈でも引用される曲で、マルコス政権時代の反体制運動の中で歌われた。エイプリル・ボーイ・レガスピ、リム・プランシア(APO Hiking Society)、ガリー(Gary Valenciano)——それぞれの世代が「この人の声で育った」と言えるアーティストがいる。
現代では、SB19(K-POPスタイルのフィリピン男性グループ)やBen&Ben(フォークポップ)がアジア・北米でも注目を集めている。TikTokやYouTubeで拡散するフィリピン人カバー動画は、海外でも視聴者を増やしている。
フィリピン人が歌に強い背景には、教会と家族の文化がある。ミサで讃美歌を歌い、誕生日や聖週間に家族で歌い、バランガイのお祭りでカラオケを歌う——音楽は特別な機会のものではなく、日常の生活に埋め込まれている。
学校の音楽教育も充実しており、合唱やバンド活動が盛んだ。フィリピン各地で音楽コンクールが開かれ、子どものころから競争を通じて技術を磨く環境がある。
OFW(海外出稼ぎ労働者)にとって、OPMは故郷の音だ。香港・シンガポール・中東で働くフィリピン人が日曜日に集まり、ギターを抱えて歌う光景は「フィリピン人コミュニティの原風景」のひとつだと言われる。
音楽は言語が壁になる場面でも通じる。フィリピン人の歌声がいつも少し「感情的」に響くのは、歌が長い時間をかけて生活の中に積み重ねられてきたからかもしれない。