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フィリピンは看護師を「輸出」している——年間2万人が国を出る医療人材の構造

フィリピンは世界最大の看護師輸出国。看護学部の乱立、国内の低賃金、海外との給与格差が生んだ頭脳流出の仕組みと、国内医療への影響。

2026-05-14
看護師OFW頭脳流出医療海外就労

この記事の日本円換算は、1PHP≒2.7円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(PHP)の金額を基準にしてください。

フィリピンの看護学部の卒業生は年間約10万人。しかし、フィリピン国内の病院に就職する看護師はその半分にも満たない。残りは海外に出るか、看護師以外の仕事に就く。

世界中の病院で「フィリピン人看護師」が働いている。アメリカ、イギリス、サウジアラビア、UAE、シンガポール、日本——フィリピンは「看護師の輸出国」として、世界の医療インフラの一部を担っている。

給与格差が全てを説明する

フィリピン国内の看護師の初任給は、公立病院でPHP 22,000〜32,000/月(約59,400〜86,400円)程度。地方の小規模病院ではPHP 15,000〜20,000(約40,500〜54,000円)ということもある。

一方、海外の看護師給与は桁違いだ。

月給(手取り目安)
アメリカUSD 4,000〜7,000(約60万〜105万円)
イギリスGBP 2,000〜3,500(約40万〜70万円)
サウジアラビアSAR 5,000〜8,000(約20万〜32万円)+ 住居・食事付き
シンガポールSGD 2,500〜4,000(約27万〜44万円)
日本JPY 250,000〜350,000

アメリカの看護師の給与は、フィリピン国内の10〜20倍。この格差がある限り、フィリピンの看護師が海外を目指すのは合理的な判断だ。

看護学部の「乱立」

フィリピンには看護学部を持つ大学・カレッジが約500校以上ある。人口1億人の国に500校は過剰に見えるが、これには理由がある。

2000年代、アメリカでの看護師需要の急増を受けて、フィリピンで看護学部ブームが起きた。学費収入を見込んだ大学が次々と看護学部を新設。農業学部や商学部を閉じて看護学部に転換する大学まであった。

入学する学生の動機も「患者を助けたい」よりも「海外に出たい」が先に来るケースが多い。看護師資格は「海外就労のパスポート」として位置づけられている。

ただし、全ての卒業生がNCLEX(アメリカの看護師国家試験)やIELTS(英語能力試験)に合格できるわけではない。看護師免許を取得しても海外に出られなかった人が、コールセンター(BPO)や小売業で働くケースは珍しくない。

国内医療への影響

看護師が大量に海外に流出する結果、フィリピン国内の医療現場は慢性的な人手不足に陥っている。

公立病院の看護師不足: 地方の公立病院では、看護師1人が40〜60人の患者を担当することがある。WHO基準の推奨は看護師1人に対し患者6〜8人。

医師が看護師になる現象: さらに奇妙なことに、フィリピンでは医師が看護師資格を取り直して海外に出るケースがある。フィリピン国内の医師の月給はPHP 30,000〜50,000(約81,000〜135,000円)程度で、アメリカの看護師の給与を下回る。そのため、医師免許を持つ人がNurse資格を取得してアメリカに渡る——という逆転現象が起きている。

DOST(科学技術省)の奨学金: フィリピン政府は看護学生に奨学金を出しているが、「卒業後N年間は国内で勤務する」という返還義務を課しても、違約金を払って海外に出る方が経済的に有利なため、引き留め効果は限定的だ。

送金というリターン

フィリピン海外看護師の年間送金額の正確な数字は公表されていないが、OFW全体の年間送金額は約USD 340億(2023年)。これはフィリピンGDPの約8〜9%に相当する。看護師はOFWの中でも高所得層であり、1人あたりの送金額は月PHP 30,000〜100,000(約81,000〜270,000円)程度と推定される。

この送金が、本国に残る家族の生活を支え、弟妹の学費を払い、実家の改築費用になる。1人の看護師の海外就労が、フィリピン国内の5〜10人の生活を支えている計算だ。

日本との関係

日本もEPA(経済連携協定)でフィリピン人看護師を受け入れているが、国家試験が日本語実施のため合格率は10〜20%。英語圏と比べてハードルが圧倒的に高く、フィリピン人看護師にとって日本は「選ばれにくい」渡航先だ。

フィリピン政府はPOEA(海外雇用庁)を通じて海外就労を組織的に管理し、送金の国内還流を図っている。しかし構造的なジレンマは残る。教育コストはフィリピンが負担し、リターンは海外の病院が得る。送金だけがフィリピンに戻ってくる。この不均衡の中で、フィリピンの医療は回り続けている。

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