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サリサリストアは「貧困のAmazon」である——1袋PHP 7のシャンプーが教える経済学

フィリピン全土に100万軒以上ある零細雑貨店サリサリストア。シャンプーを1回分ずつ売るこの店が、フィリピン経済の「最後の1マイル」を支えている構造を解く。

2026-05-11
サリサリストア経済小売貧困ビジネス

この記事の日本円換算は、1PHP≒2.7円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(PHP)の金額を基準にしてください。

フィリピンのセブンイレブンは約3,400店舗。SMスーパーマーケットは約60店舗。そしてサリサリストアは——100万軒以上。

サリサリストア(sari-sari store)は、フィリピンの住宅街のあらゆる角にある零細雑貨店だ。自宅の窓を開けて商品を並べただけの店。広さは畳2〜3枚分。棚にはシャンプーの小袋、インスタントコーヒーの1杯分パック、タバコのバラ売り、卵2個、缶詰1つ——全てが「最小単位」で売られている。

なぜボトルのシャンプーではなく、1回分の小袋を売るのか。答えは簡単で、ボトルを買う金がないからだ。

サシェ・エコノミー

フィリピンの消費財市場を理解するキーワードが「sachet economy(サシェ・エコノミー)」だ。

サシェとは小袋のこと。シャンプー、コンディショナー、洗剤、コーヒー、ケチャップ——ありとあらゆる商品が1回使い切りの小袋で販売されている。

商品通常サイズサシェ(1回分)
シャンプーPHP 180(200ml)PHP 7〜8(約19〜22円)
コーヒー(3 in 1)PHP 200(10袋入り)PHP 8(約22円)
洗濯洗剤PHP 120(500g)PHP 6(約16円)
ケチャップPHP 80(ボトル)PHP 5(約14円)

1回分あたりの単価は通常サイズより割高だ。シャンプーのサシェを25回買うと、ボトル1本より高くつく。しかし、1日のキャッシュフローがPHP 300〜500しかない家庭にとって、「今日使う分だけ買う」方が合理的になる。

これは「貧困のプレミアム(poverty premium)」と呼ばれる現象だ。貧しい人ほど、単位あたりのコストが高い買い方を強いられる。

サリサリストアの経済構造

サリサリストアの運営者は、ほとんどが主婦だ。自宅の一角を改装し、初期投資PHP 5,000〜20,000(約13,500〜54,000円)で始められる。

仕入れはSMスーパーマーケットやDivisoria(マニラの卸売市場)で行い、小分けにしてマークアップ(上乗せ)を付けて売る。マージンは10〜20%程度。月の利益はPHP 5,000〜15,000(約13,500〜40,500円)。大きくは儲からないが、家から出ずに収入が得られる。

サリサリストアが100万軒を超える理由は、参入障壁の低さにある。資格も許認可も(理論上は)不要で、自宅の窓があれば始められる。フィリピンで最も一般的な「起業」の形態がサリサリストアだ。

信用取引(Utang)

サリサリストアの最も重要な機能は、販売ではなく「信用供与」だ。

「Utang(ウータン)」——ツケ、掛け売り——がサリサリストアの日常だ。「今日はお金がないから、明日払う」「給料日に払う」。店主は帳面に記録し、後で回収する。

このUtangの仕組みが、日々の生活費を賄えない家庭のセーフティネットになっている。銀行口座もクレジットカードも持たない層にとって、サリサリストアの店主は「最も身近な金融機関」だ。

もちろんリスクもある。回収できないUtangが積み重なると、店が傾く。「あの人は返さないから売らない」というブラックリストが店主の頭の中にある。信用は地域のネットワークで共有され、Utangを踏み倒した人はバランガイ全体で信用を失う。

サリサリストアとフィリピン経済

フィリピンのGDP成長率は年5〜6%。新しいモールが次々にでき、コンビニチェーンが増え、ECが拡大している。

しかし経済成長の恩恵は均等には行き渡らない。マニラのBGCにスターバックスができても、トンド地区のサリサリストアの客は依然としてPHP 7のシャンプーを買っている。

フィリピンの小売市場の構造を図にすると、こうなる。

モール(SM、Robinsons): 中間層〜富裕層。エアコンが効いた空間で「まとめ買い」

コンビニ(7-Eleven、Ministop): 中間層。いつでも買える利便性

サリサリストア: 低〜中間層。徒歩0分、ツケ払いOK、最小単位で購入可能

この3層構造が並立しているのがフィリピンの特徴だ。モールとコンビニが増えてもサリサリストアは消えない。なぜなら、サリサリストアが担っている「1回分を売る」「ツケで売る」「徒歩0分」の3機能は、モールでもコンビニでもカバーできないからだ。

サシェの代償と、見るべきもの

サシェの代償は環境負荷だ。プラスチック製の小袋はリサイクルが難しく、フィリピンは世界で3番目にプラスチックごみが多い国とされている。川や海に小袋が流れる光景は日常だ。

サリサリストアは観光ガイドには載らない。しかしPHP 7のシャンプー小袋には、この国の所得分配、消費行動、金融アクセス、環境問題——すべてが凝縮されている。サリサリストアは非効率だ。サシェは割高だ。Utangはリスクだ。しかしそれは、効率的な流通網がない社会で、人々が生き延びるために自発的に生み出した仕組みでもある。Amazonのアルゴリズムとは正反対の方法で、「最後の1マイル」に商品を届けている。

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