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フィリピンの食文化——なぜ甘いスパゲッティが国民食になったのか

バナナケチャップ・刻みホットドッグ・粉チーズ。イタリア人が見たら卒倒しそうなフィリピン式スパゲッティの誕生には、戦時中の食料事情とアメリカの影響があります。

2026-05-01
食文化スパゲッティフィリピン料理

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Jollibee(ジョリビー)のスパゲッティを初めて食べた日本人の反応は、だいたい同じだ。「甘い」。しかもかなり甘い。赤いソースにホットドッグの輪切りが浮かび、上にはたっぷりの粉チーズ。イタリア料理の面影はほぼない。

しかし、フィリピンではこれが「正しいスパゲッティ」であり、誕生日パーティーに欠かせない一皿でもある。

バナナケチャップという発明

フィリピン式スパゲッティの甘さの正体は「バナナケチャップ」にある。

第二次世界大戦中、フィリピンではトマトの供給が途絶えた。1942年、食品化学者のマグダロ・V・フランシスコがトマトの代わりにバナナを原料にしたケチャップを開発。Mafran(マフラン)というブランド名で量産を始めた。バナナは国内で大量に栽培されており、トマトの代替として理にかなっていた。

戦後もバナナケチャップはフィリピンの食卓に定着した。トマトケチャップより安価で、甘みが強い。この甘さが、フィリピン人の味覚と合致した。

マッカーサーとスパゲッティの伝説

フィリピン式スパゲッティの起源には、ダグラス・マッカーサーにまつわる逸話がある。1937年にフィリピン陸軍の元帥として赴任したマッカーサーが、ナポリタンスパゲッティを所望したところ、フィリピン人の料理人がトマトソースの代わりにバナナケチャップを使い、ミートボールの代わりにホットドッグを刻んで入れた——というものだ。

真偽は確認できないが、この話が示しているのは、フィリピンの食文化が「手に入る材料で外国の料理を再解釈する」という態度で成り立っているということ。アドボやシニガンと同様に、外来の影響を取り込んで独自のものに変える力がある。

アメリカ統治の食の遺産

フィリピンは1898年から1946年までアメリカの統治下にあった。この期間にホットドッグ、缶詰、加工チーズ(Velveeta等)、ケチャップといったアメリカの食品が大量に流入した。

フィリピン式スパゲッティの構成要素——パスタ、ホットドッグ、甘いソース、粉チーズ——はすべて、アメリカ統治時代に定着した食材のアレンジだ。スペイン統治時代にパスタ自体は伝わっていたが、「甘くて具沢山」という方向に進化したのはアメリカの影響が大きい。

Jollibeeと誕生日パーティー

Jollibeeは1978年にケソンシティで創業した翌年、甘いスパゲッティをメニューに加えた。これが大ヒットし、マクドナルドがフィリピンで勝てない理由のひとつになった。2025年現在、Jollibeeはフィリピン国内に1,500店舗以上を展開し、海外にも進出している。

フィリピンの子どもの誕生日パーティーには「Jollibeeパーティーパッケージ」を使うのが定番。マスコットキャラクターのJollibee(赤いハチ)が会場に来て踊り、スパゲッティとチキンジョイ(フライドチキン)がテーブルに並ぶ。甘いスパゲッティはフィリピン人にとって「お祝いの味」でもある。

甘さの文化的背景

フィリピン料理は全般的に甘い味付けが多い。スパゲッティだけでなく、ミートローフ(エンブティード)、フライドチキンのグレイビーソース、パンの甘さも、日本人の感覚からすると砂糖多めに感じる。

この甘味嗜好には、砂糖産業の歴史が関わっている。フィリピンはかつてアジア有数の砂糖生産国で、ネグロス島を中心に大規模なサトウキビ農園が展開されていた。砂糖が身近で安価な調味料だった歴史が、甘い味付けの基盤をつくった。

在住日本人の味覚適応

最初は「甘すぎる」と感じるフィリピン式スパゲッティだが、半年も住むと不思議と美味しく感じるようになる——という声は少なくない。逆に、一時帰国して日本のトマトソースパスタを食べると「物足りない」と感じるようになった、という人もいる。

ローカルの食堂(カレンデリア)では、スパゲッティがPHP 30〜50(約81〜135円)で食べられる。Jollibeeのスパゲッティ単品はPHP 75(約203円)前後。日本のパスタ専門店で1,000円以上払う感覚とは、根本的に位置づけが違う。

バナナケチャップとホットドッグのスパゲッティが国民食になる国。そこには戦時中の物資不足、アメリカの食文化の流入、砂糖産業の歴史、そしてJollibeeという企業の戦略が重なっている。食の「正しさ」は、その国の歴史と経済の産物だ——という見方もできる。

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