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タホ売りの経済学——フィリピンの路上で回る1杯20ペソの循環

早朝の住宅街に響く「タホー!」の声。豆腐花にタピオカとシロップをかけたフィリピンの朝食は、路上経済の縮図でもある。1杯20ペソの背後にある仕入れ・販売・生活の構造を見る。

2026-05-18
フィリピンタホストリートフード路上経済マニラ

この記事の日本円換算は、1PHP≒2.7円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(PHP)の金額を基準にしてください。

フィリピンの朝5時台、住宅街にアルミのバケツを天秤棒で担いだ男が現れる。「タホー!」という独特の呼び声が路地に響くと、家々から子どもや大人がカップを持って出てくる。これがタホ(Taho)——温かい豆腐花にサゴ(タピオカパール)と黒蜜(アルニバル)をかけたフィリピンの朝食だ。

1杯の原価構造

タホ1杯の路上価格は20〜25PHP(約54〜68円)。この金額でビジネスが成り立つのかと思うかもしれないが、原材料を見ると納得できる。

タホの主原料は大豆だ。マニラの卸売市場で乾燥大豆は1kgあたり60〜80PHP(約162〜216円)程度。1kgの大豆から約8〜10杯分のタホが作れる。タピオカとシロップを加えても、1杯あたりの原価は5〜8PHP程度に収まる。

つまり粗利率は60〜75%。カフェのコーヒーと同等かそれ以上だ。

1日の動き

典型的なタホ売り(Magtataho)の1日はこうなる。

深夜3時頃に起きて自宅か共同の作業場で大豆を煮る。固める工程を経て、保温バケツに詰める。容量は2缶で約30〜40リットル。これを天秤棒で担ぎ、5時頃から売り始める。住宅街を1軒1軒回り、午前中に売り切るのが理想だ。

1日の売上は500〜1,500PHP(約1,350〜4,050円)程度。経費を引いた手取りは300〜800PHP(約810〜2,160円)。月収に換算すると9,000〜24,000PHP(約24,300〜64,800円)。フィリピンの最低賃金(NCR地域で日給610PHP、2024年時点)と比較すると、良い日には最低賃金を超える。

なぜタホ売りはなくならないか

コンビニやファストフードが増えても、タホ売りは消えない。理由はいくつかある。

初期投資が極めて低い。バケツ・天秤棒・調理器具一式で2,000〜5,000PHP(約5,400〜13,500円)あれば始められる。銀行融資も事業登録も不要で、明日から売り始められる。これは失業者や地方からの移住者にとって、最もハードルの低い参入口だ。

もう一つは「配達モデル」であること。タホ売りは店舗を持たず、客の家の前まで来る。Grab Foodが登場する遥か以前から、フィリピンの路上には徒歩デリバリーのインフラが存在していた。

衛生面の注意

在住外国人がタホを試すとき、気にする人が多いのが衛生面だ。路上で売られるため、調理環境が見えない。胃腸が弱い人は最初は少量から試すのが無難ではある。

ただし、タホは加熱した状態で提供されるため、生の屋台食品と比べるとリスクは低い。地元の人が行列を作っている売り手を選ぶのも一つの基準になる——繁盛している=回転が速い=作りたてに近い。

路上経済の密度

タホ売りはフィリピンの路上経済を構成する無数のプレイヤーの一人にすぎない。バナナキュー(揚げバナナ)、フィッシュボール、バロット(孵化しかけのアヒルの卵)——それぞれが同じように低資本・高粗利・徒歩配達のモデルで動いている。フィリピンの路上は、最も原始的で最も効率的な市場の一つだ。

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