ポルトガルの墓地は「立体駐車場」になっている——死者との距離が近い国の葬送文化
ポルトガルの墓地では棺が壁面に積み上げられ、5年後に掘り起こされる。カトリック国の合理的な葬送システムと、万聖節に花で埋まる墓地の風景。
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ポルトガルの墓地に初めて入ったとき、日本人は違和感を覚える。墓石が地面に並んでいるのではなく、壁に棺が「収納」されているのだ。
コンクリートの壁面に横長の引き出しが並び、それぞれに名前と日付が刻まれている。地上3〜5段、高さ数メートル。見た目は、立体駐車場に似ている。
壁面墓地(Jazigo)の仕組み
ポルトガルの墓地には大きく分けて2つの形態がある。
Jazigo de família(家族墓): 地上に建てられた石造りの小さな建物。裕福な家庭が一族の墓として所有する。扉を開けると中に棺が並んでいる。リスボンのプラゼレス墓地(Cemitério dos Prazeres)には、19世紀の貴族の豪華な家族墓が立ち並び、建築的な見どころになっている。
Gavetão(壁面収納式): 一般的な市民向けの埋葬方法。コンクリートの壁面に横長のスペースが並び、棺をスライドして収納する。スペースは自治体から一定期間(通常3〜5年)賃借する形式。
この「一定期間」がポイントだ。
5年で掘り起こされる
ポルトガルでは、埋葬後3〜5年(自治体によって異なる)で遺骨を掘り起こす(exumação)のが一般的だ。掘り起こした遺骨は洗浄され、小さな骨壺(ossário)に収められて、墓地内の共同スペースに移される。
空いたスペースには、次の棺が入る。
日本人の感覚では「5年で掘り起こすのか」と驚くが、ポルトガル人にとってはごく普通のことだ。土地が限られている都市部の墓地では、スペースの回転が必要になる。東京の納骨堂が「永代供養」を売りにしているのとは、正反対のアプローチだ。
壁面スペースの賃借料は自治体によるが、3年でEUR 200〜500(約32,000〜80,000円)程度。日本の墓地の永代使用料(数十万〜数百万円)と比べると桁違いに安い。
万聖節——死者が花に埋まる日
11月1日の万聖節(Dia de Todos os Santos)と翌11月2日の死者の日(Dia dos Fiéis Defuntos)は、ポルトガルで最も墓地が賑わう日だ。
この2日間、ポルトガル中の墓地が菊の花で埋め尽くされる。家族連れが墓地を訪れ、墓石を磨き、花を供え、故人に語りかける。墓地の入口には花売りが並び、キャンドルの灯が夕方から夜にかけて揺れる。
日本のお盆に雰囲気が似ている、と感じる人もいるかもしれない。しかし決定的な違いがある。ポルトガルの万聖節は「死者が帰ってくる」概念ではなく、「生者が死者に会いに行く」行為だ。メキシコの死者の日のような祝祭的な要素も薄い。静かに、淡々と、家族の義務として墓参りをする。
火葬の増加
伝統的にカトリック国であるポルトガルでは、長らく土葬が主流だった。しかし近年、火葬(cremação)を選ぶ人が増えている。
リスボンやポルト等の都市部では火葬率が30〜40%に達しているとされる。理由は土地不足と費用の問題。壁面墓地の賃借料を払い続けるより、火葬して骨壺を自宅に置く方がコストがかからない。
カトリック教会は1963年に火葬を公式に認めており、宗教的な障壁は低くなっている。
葬儀の費用
ポルトガルの葬儀費用は、日本と比べるとかなり安い。
| 項目 | ポルトガル | 日本 |
|---|---|---|
| 基本的な葬儀一式 | EUR 1,500〜4,000(約24万〜64万円) | 100万〜200万円 |
| 火葬費用 | EUR 300〜600(約48,000〜96,000円) | 5万〜10万円(公営) |
| 壁面墓地(3年賃借) | EUR 200〜500(約32,000〜80,000円) | — |
日本の葬儀が高額になるのは、祭壇、戒名、香典返しなどの慣習的なコストが積み重なるから。ポルトガルの葬儀はシンプルで、教会でのミサ、棺の搬送、埋葬で完結する。
墓地は「公園」でもある
ポルトガルの大きな墓地は、市民の散歩コースにもなっている。リスボンのプラゼレス墓地は高台にあり、テージョ川を見下ろせる。ポルトのアグラメラ墓地(Cemitério de Agramonte)は、19世紀の彫刻が並ぶ屋外美術館のようだ。
ベンチに座って本を読む人。犬の散歩をする人。墓地が「不気味な場所」ではなく「静かな公共空間」として機能している。死者と生者の距離が、物理的にも心理的にも近い。
日本の霊園は住宅地の外に追いやられる傾向がある。ポルトガルでは、墓地は街の中にある。教会の隣に、マンションの裏に、スーパーの向かいに。死が日常から隔離されていない社会は、死との距離感が違う。
棺を5年で掘り起こし、骨を洗い、次の人に場所を譲る。合理的で、循環的で、土地に対して正直な仕組みだ。「永遠に眠る場所」を買うのではなく、「一時的に滞在する場所」を借りる——ポルトガルの葬送は、生きている時間も死んでからの時間も、結局は有限だという事実を形にしている。