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モンタード(コルク樫の森)——世界遺産級の景観が生む持続可能な農業

ポルトガルは世界のコルクの約50%を生産している。その源泉はモンタードと呼ばれるコルク樫の疎林だ。なぜコルク樫は切らずに樹皮を剥ぐのか。持続可能な農業モデルとしてのモンタードの仕組み。

2026-05-05
コルクモンタード農業環境ポルトガル

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ワインのコルク栓を抜くとき、それがどこから来たものか考えたことがあるだろうか。世界のコルクの約50%はポルトガル産だ。そしてそのコルクは、木を切って得たものではない。コルク樫(Quercus suber)の樹皮を9年に1度、職人が手作業で剥ぎ取ったものだ。木は生き続ける。樹皮はまた再生する。このサイクルが数百年続いている。

モンタードとは何か

モンタード(Montado)は、コルク樫やホルムオーク(Quercus ilex)の疎林が広がるポルトガル独自の景観だ。アレンテージョ地方を中心に約73万ヘクタールが広がっている。スペイン側ではデエサ(Dehesa)と呼ばれる類似の景観がある。

モンタードは自然林ではない。何百年もの人間の管理によって維持されてきた「半自然景観」だ。木を適度な間隔で残し、木の下で穀物を育てたり、家畜(イベリコ豚、羊、牛)を放牧したりする複合的な土地利用形態。森林でも農地でもない、その中間の存在だ。

コルク収穫のプロセス

コルク樫は樹齢25年以上になると最初の収穫が可能になる。ただし最初の樹皮(virgem)は品質が低く、ワインの栓には使えない。3回目の収穫(樹齢43年以上)から初めてワイン栓に適した品質になる。

収穫は6〜8月の夏季に行われる。マチャード(machado、専用の斧)を使って、職人が手作業で樹皮を剥ぐ。木を傷つけずに樹皮だけを剥がす技術は、長年の経験が必要だ。収穫後の幹には収穫年の下一桁が白ペンキで書かれる。「3」と書いてあれば2023年に収穫されたことを意味し、次の収穫は2032年だ。

1本のコルク樫から1回の収穫で得られるコルクは約40〜60kg。ワインの栓に換算すると約4,000〜5,000個分。コルク樫の寿命は150〜200年で、その間に15〜20回の収穫が可能だ。

ポルトガルの法律で守られた木

ポルトガルではコルク樫を許可なく伐採することは法律で禁止されている。自分の土地に生えているコルク樫であっても、切ることはできない。この法的保護が、モンタードの景観を維持する制度的な柱になっている。

伐採禁止の理由は経済的なものだけではない。コルク樫の根は深く張り、乾燥した土地の浸食を防ぐ。葉は日陰を作り、夏の地温上昇を抑える。モンタードの地中には豊かな菌糸ネットワークがあり、土壌の生態系を支えている。

コルク産業の経済規模

ポルトガルのコルク産業の年間売上は約€10億(約1,600億円)で、世界市場の約65%を占める。最大手はAmorim Cork(アモリン・コルク)で、世界最大のコルク企業だ。

ワイン栓が主力製品だが、近年は建材(断熱材・床材)、ファッション(コルクレザーのバッグ・靴)、航空宇宙(断熱タイル)にも用途が広がっている。NASAのスペースシャトルの断熱材にポルトガルのコルクが使われていたことはあまり知られていない。

スクリューキャップとの競争

ワインのスクリューキャップの普及は、コルク産業にとって最大の脅威だ。オーストラリア、NZのワインの多くがスクリューキャップを採用しており、フランスやイタリアでも採用が増えている。

しかしポルトガルのコルク業界は反撃している。「天然コルクは再生可能資源であり、スクリューキャップ(アルミニウム)よりカーボンフットプリントが低い」という環境面のメッセージを打ち出し、高級ワインを中心にコルク栓の優位性を訴えている。

在住者として体験する

アレンテージョをドライブすると、モンタードの景観が延々と続く。コルク樫の幹に白い数字が書かれているのが見える。夏なら収穫作業に出くわすかもしれない。

エヴォラの周辺にはコルク工場の見学ができる施設がある。Amorim Cork社のサンタ・マリア・ダ・フェイラ(Santa Maria da Feira)の工場見学は事前予約制だが、コルクがワインの栓になるまでの全工程を見られる。

リスボンやポルトの土産物店ではコルク製品(バッグ、財布、帽子、ポストカード)が大量に売られている。質の良いものを選べば、軽くて丈夫で水に強い実用品になる。

木を切らずに収穫し、9年後にまた収穫する。200年にわたってこのサイクルを続けている産業が、「サステナビリティ」という言葉が流行する何百年も前から存在していた。モンタードは持続可能な農業の教科書であると同時に、ポルトガルの風景そのものだ。

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