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パステル・デ・ナタが世界を征服するまで|修道院の秘伝レシピと大航海時代の遺産

リスボンのベレン地区で生まれたカスタードタルト「パステル・デ・ナタ」。修道院の修道女が作ったお菓子が、なぜ東京でもロンドンでもソウルでも売られるようになったのか。

2026-05-27
ポルトガルパステル・デ・ナタ食文化ベレンスイーツ

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パステル・デ・ナタの「本家」は、リスボンのベレン地区にあるPastéis de Belém。1837年創業で、レシピを知っているのは3人だけ。この店だけが「Pastel de Belém」を名乗れる。

しかし、この店の1日の販売数は約2万個。年間700万個以上。たった1つの菓子店がこの数字を出しているのは、レシピの秘密性が観光客を呼ぶマーケティングとして完璧に機能しているからだ。

修道院から生まれた理由

ナタの起源は18世紀のジェロニモス修道院。当時、修道院では大量の卵白を使って修道服の糊付け(ノリとして使う)をしていた。残った卵黄をどう使うかが問題になり、カスタードを作って焼いたのが始まりとされる。

1834年のリベラル革命で修道院が閉鎖されたとき、修道女がレシピを近くの砂糖精製工場の経営者に売った。それがPastéis de Belémの起源だ。

ナタの正しい食べ方

ポルトガル人にとってナタは「朝のエスプレッソと一緒に食べるもの」だ。焼きたてを注文し、シナモンパウダーか粉砂糖を振って、カウンターで立ったまま食べる。

表面は焦げてカラメル化していて、中のカスタードはとろりとしている。パイ生地はサクサクでバターの香りが強い。焼いてから15分以内が最も美味しい。

1個EUR1.30〜2.00(約208〜320円)。Pastéis de BelémではEUR1.40(約224円)。観光地のカフェではEUR3〜4になることもある。

世界に広まったルート

大航海時代にポルトガル人が世界中に散らばったとき、ナタのレシピも一緒に旅をした。

マカオに伝わったナタは、1990年代にイギリス人シェフAndrew Stowが改良してマカオ名物になった。彼のLord Stow's Bakeryは今も営業中で、マカオ土産の定番だ。マカオ経由で香港、台湾、中国本土に広がった。

日本のコンビニで「エッグタルト」として売られているものは、マカオ経由のポルトガル菓子だ。

2010年代以降、ロンドン・パリ・ベルリンでもナタ専門店が増えた。ロンドンのNata Pureは複数店舗を展開し、1日に数千個を販売する。ソウルではナタ専門カフェがトレンドになっている。

レシピの非公開がブランドになる

Pastéis de Belémがレシピを公開しない戦略は、コカ・コーラの秘密のフォーミュラに通じる。「ここでしか食べられない本物」というストーリーが、年間数百万人の観光客をベレンに引き寄せる。

実際には、ポルトガル中のパン屋がそれぞれのナタを焼いている。どの町にもPastelaria(菓子店)があり、それぞれ微妙に味が違う。地元民はPastéis de Belémよりも近所のPastelariaのナタの方が美味いと言い張る。

どの店のナタが最も美味いかは、ポルトガル在住者の間で永遠に決着がつかない議論だ。引っ越したら、まず近所のPastelariaでナタの味を確認する。それが新しい街への挨拶代わりになる。

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