ポルトガルは「出ていく国」だった|移民と帰還の150年史
ポルトガル人口の約5分の1は国外に暮らす。大航海時代から続く移民の系譜は、なぜ今も止まらないのか。そして近年の『帰還トレンド』は本物か。
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ポルトガルの人口は約1,030万人。一方、海外に暮らすポルトガル人とその子孫は約500万人とされる。国内にいる人口の約半数に相当する規模の人間が、国外にいる。
これは「国際的な国」という美しい話ではない。「食べていける仕事がないから出ていった」という、もっと切実な話だ。
3つの移民の波
ポルトガルの大規模移民には3つの波がある。
第1波(19世紀末〜20世紀初頭): ブラジルへ。コーヒー農園の労働力として大量のポルトガル人がブラジルに渡った。サンパウロのリベルダージ地区(日本人街として有名だが、元はポルトガル人のコミュニティ)の歴史にもその痕跡がある。
第2波(1960〜70年代): フランス、ドイツ、ルクセンブルクへ。サラザール独裁政権下の貧困と植民地戦争からの徴兵忌避が動機。この時代にフランスに渡ったポルトガル人は現在も約70万人のコミュニティを形成しており、フランス最大の外国人コミュニティのひとつだ。
第3波(2010年代): イギリス、ドイツ、スイスへ。2008年の金融危機とその後の緊縮財政で、特に高学歴の若年層が国を離れた。医師、エンジニア、研究者——育てた人材が出ていく典型的な頭脳流出。
送金が支える経済
移民からの送金(remessas)はポルトガル経済のセーフティネットだ。2023年の送金流入額は約43億ユーロで、GDPの約1.7%に相当する。
内陸部の小さな村を訪れると、妙に立派な家が1軒だけ建っていることがある。フランスやスイスで働いた移民が、故郷に「帰還の家」を建てたもの。住んでいるのは年老いた両親だけ、あるいは誰も住んでいないこともある。
この光景は、移民の成功と村の過疎化が同時に進行していることを物語っている。
帰還トレンドは本物か
2020年代に入り、ポルトガル政府は「帰還プログラム(Programa Regressar)」を推進している。帰国者に対する所得税の50%減免(最長5年)、引っ越し費用の補助などが含まれる。
コロナ禍以降のリモートワーク普及も追い風になり、ヨーロッパ北部で働きながらポルトガルに住むという選択肢が現実的になった。リスボンやポルトの物価は、ロンドンやパリの半額以下。
ただし、帰還するのは「成功した移民」が中心だ。十分な貯蓄や海外での年金がある人間にとって、ポルトガルの物価は魅力的。一方で、ポルトガル国内で働く場合の平均月給は約€1,500(約240,000円)。EU平均を大きく下回る。
入ってくる側の視点
皮肉なことに、ポルトガル人が出ていく一方で、外国人が流入している。ブラジル人、インド人、ネパール人、バングラデシュ人——かつてポルトガル人が移民として他国で担った低賃金労働を、今度は外国人がポルトガルで担っている。
「出ていく国」と「入ってくる国」を同時に経験するポルトガルは、移民というテーマの複雑さを凝縮した場所だ。出る側の気持ちも、来る側の気持ちも、この国にはある。
在住日本人として、自分はどの立場にいるのか。その自覚は、ポルトガルで暮らすうえでの見えないパスポートになる。