ファド音楽——ポルトガルの哀愁を帯びた国民音楽と在住者の体験
ポルトガルの国民音楽「ファド」はユネスコ無形文化遺産。「サウダーデ」という哀愁の感情を表現するこの音楽と、在住者がリスボンで出会うファドの現在。
ポルトガルに住んでしばらくすると、「サウダーデ(saudade)」という言葉に出会う。日本語に直訳できない感情で、失ったもの・遠くにいる人・過ぎ去った時間への切ない郷愁を指す。この感情を音楽として結晶化したのがファドだ。
ファドとは
ファド(Fado)はポルトガル語で「運命」を意味し、19世紀初頭にリスボンで生まれた音楽ジャンルだ。一人の歌手(ファジスタ)が、ポルトガルギター(12弦の洋梨型ギター)とビオラ・バイシャ(ベースギター)の伴奏で歌う。
2011年にユネスコの無形文化遺産に登録された。アマリア・ロドリゲス(1920〜1999)がファドを国際舞台に広めた最大の功労者で、その声と表現は今もファドの基準として語られる。
リスボンとコインブラのファド
ファドには二つの系統がある。
リスボン・ファド: 庶民的・感情的・即興的な要素が強い。アルファマ地区の急坂と路地が似合う音楽。
コインブラ・ファド: 大学都市コインブラで発達した男声合唱スタイル。学術的・格調高い傾向で、リスボン・ファドとは雰囲気が異なる。
ファドを聴く場所
リスボンではアルファマ・モウラリア・バイロ・アルト地区にファドハウス(Casa de Fado)が多い。代表的な会場:
- Clube de Fado: アルファマにある老舗。ミュージシャン同士が集まる本格的な場所
- A Severa: 1851年創業のファドレストラン
- Mesa de Frades: 旧教会を改装したファドハウス。雰囲気が際立つ
ファドレストランはディナーと組み合わせた形式が多く、EUR 35〜70程度(食事込み)。
ファド専門の博物館「Museu do Fado」もアルファマにあり、ファドの歴史と楽器を学べる。入場料EUR 5程度。
在住者のファド体験
観光客向けのファドハウスは「演出された本物」という側面もある。在住者が「本物のファドを聴きたい」と思うなら、地元のアドガ(Adega、居酒屋的な場所)や小さなファドハウスで、食事を楽しみながら聴くのが近道だ。
「最初は何が良いのかわからなかった」という在住日本人の声はよく聞く。ポルトガル語の意味がわからなくても、メロディと声の質感だけで伝わってくるものがある。ファドは「理解するもの」というより「感じるもの」で、聴けば聴くほど好きになっていくという人が多い。
サウダーデの感覚——失ったものへの切なさ——は、日本語の「物悲しさ」や「侘しさ」と近い感情かもしれない。そのせいか、日本人がファドに共鳴しやすいという声を、リスボンの在住者から何度か聞いたことがある。