ユネスコに認められたファドが地元の居場所を失う|無形文化遺産登録の光と影
2011年にファドがユネスコ無形文化遺産に登録された。観光客は増えたが、アルファマの庶民的なファドハウスは高級化し、地元民の音楽から観光商品へと変質しつつある。
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2011年11月27日、ユネスコがファドをポルトガルの無形文化遺産に登録した。ポルトガル国内は歓喜に包まれた。しかしその翌年から、アルファマのファドハウスの入場料は上がり始め、地元の常連客が姿を消し始めた。
「聴く文化」から「見る文化」へ
伝統的なファドハウスは小さな居酒屋(tasca)の延長だった。地元民が食事をしながら、プロの歌手やアマチュアが交代で歌う。照明が落ち、静寂の中で歌声が響く。客は知っている歌なら一緒に口ずさむ。
今のアルファマの有名ファドハウスはどうか。EUR40〜70(約6,400〜1万1,200円)の入場料(食事込み)を払い、2時間のショーを見る。観光客はスマートフォンで動画を撮り、「ファドを体験した」とSNSに投稿する。
歌い手が歌っている最中に私語やスマホ撮影が入ると、ファドの「間」が壊れる。伝統的なファドハウスでは、歌の間の私語は厳禁だ。しかし、観光客にそのルールを徹底するのは難しい。
本物はどこにあるか
観光ルートから外れた場所に、地元民向けのファドハウスは残っている。モウラリア地区のMesa de Frades、インテンデンテ周辺の小さなバー。入場無料か、ワンドリンク注文で座れる店がまだある。
また、「Fado Vadio(放浪ファド)」と呼ばれるアマチュアのファドセッションが不定期に開催されている。告知はSNSか口コミ。観光ガイドには載っていない。
在住者であれば、近所の人に「本物のファドが聴ける場所」を聞いてみる価値がある。
ユネスコ登録の功罪
登録のメリットは明確だ。世界的な認知度が上がり、ファドの音楽学校への入学者が増えた。若い世代のファド歌手も増えている。マリーザやアナ・モウラに続く新世代が育っている。
しかし、登録はファドを「保存すべき遺産」として固定化するリスクもはらんでいる。ファドはもともと、港の労働者や娼婦が歌った庶民の音楽だ。形式が決まっていないからこそ、時代に合わせて変化してきた。
「ユネスコに認められた形」を守ることが目的になると、ファドは博物館の展示品になる。生きた音楽としての進化が止まる可能性がある。
新しいファドの動き
この懸念に対する答えのように、伝統的なファドとジャズ、エレクトロニカを融合させる試みが増えている。カーラ・ポンチやサルヴァドール・ソブラル(2017年ユーロビジョン優勝者)は、ファドの要素を現代音楽に取り入れている。
リスボンのライブハウスでは、伝統的なポルトガルギター(guitarra portuguesa)にシンセサイザーを合わせるセッションも珍しくない。
サウダーデ(郷愁)の感情は変わらない。変わるのは表現方法だ。ファドがこれからも「生きた音楽」であり続けるためには、ユネスコの額縁から飛び出す必要がある。