リスボンの日本食は「寿司バブル」を経て第2段階に入った
リスボンには寿司レストランが400軒以上ある。しかしその9割は中国系経営だ。2020年代に入り、日本人シェフが手がける本格的な日本食店が増え始めている。
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リスボンで「日本食レストラン」を検索すると、400軒以上がヒットする。人口50万人の都市に400軒。東京のラーメン屋より密度が高い。
しかしその実態を見ると、風景が変わる。400軒のうち、日本人が経営に関わっている店は10軒程度。残りの9割以上は中国系ポルトガル人が経営する「Japanese-style」レストランだ。メニューにはサーモン巻き、チキンカツ、焼きそば、パッタイが並ぶ。日本とタイと中国がシームレスに融合した、ポルトガル独自の「和食」が展開されている。
寿司バブルはなぜ起きたか
ポルトガルの「寿司ブーム」は2000年代後半から加速した。背景にあるのは、ポルトガル人の魚食文化だ。
ポルトガルはヨーロッパで最も魚の消費量が多い国の一つで、一人あたり年間約57kgの魚介を食べる。日本(約50kg)を上回る。バカリャウ(塩鱈)、サルディーニャ(鰯)、タコ、エビ——魚介の食べ方は違えど、「魚を食べる文化」の下地がある。
この下地の上に、2000年代のヘルシー志向と「SUSHI」のグローバルブランド力が重なった。寿司は「健康的でおしゃれな食事」として、ポルトガルの中産階級に受け入れられた。
需要が生まれると、供給が追いかけた。中国系移民のネットワークを通じて、低コスト・高速展開の寿司レストランが増殖した。食べ放題(rodízio)形式で、一人EUR 15〜20(約2,400〜3,200円)で好きなだけ寿司が食べられる——というビジネスモデルが爆発的に広がった。
第2段階——本格日本食の登場
2020年代に入り、リスボンの日本食シーンは変化し始めている。
日本人シェフや日本で修業した料理人が、本格的な日本食店を開き始めた。おまかせコース、本格ラーメン、手打ちうどん、抹茶スイーツ——「寿司バブル」の安価な食べ放題とは異なるポジションの店が現れている。
価格帯も異なる。
| カテゴリ | 1人あたり予算 | 特徴 |
|---|---|---|
| 食べ放題寿司(rodízio) | EUR 15〜25(約2,400〜4,000円) | 中国系経営、サーモン中心 |
| カジュアル日本食 | EUR 20〜35(約3,200〜5,600円) | ラーメン、丼、カレー等 |
| 本格日本食 | EUR 40〜80(約6,400〜12,800円) | おまかせ、割烹スタイル |
| 高級おまかせ | EUR 80〜150(約12,800〜24,000円) | カウンター10席程度 |
高級おまかせは東京の同レベルの店とほぼ同じ価格帯だ。しかし「リスボンでこの質の和食が食べられる」こと自体に価値があり、予約は取りにくい。
日本の食材事情
リスボンで日本の食材を手に入れるのは、10年前と比べると格段に楽になった。
アジア食材店はリスボン市内に複数あり、醤油、味噌、みりん、日本米、のり、わさび、豆腐などの基本的な食材は入手できる。マルティン・モニス(Martim Moniz)周辺の中国系食材店が品揃え豊富だ。
ただし、日本のスーパーで当たり前に買えるものが手に入らないケースもある。
入手しやすい: 醤油(キッコーマン)、日本米(Calrose種が主流)、豆腐、味噌、即席ラーメン、海苔、わさび(チューブ)
入手しにくい: 薄切り肉(ポルトガルの肉屋は厚切りが基本)、和菓子の材料(上新粉、白玉粉等)、鰹節、昆布の良品、納豆(冷凍で一部流通)
ほぼ入手不可: 日本の生鮮魚(刺身用の切り身は現地の魚で代用)、日本の乳製品
薄切り肉は、肉屋で「muito fino(非常に薄く)」と頼んでスライスしてもらう方法があるが、日本のしゃぶしゃぶ用ほど薄くはならない。冷凍して半解凍の状態で自分でスライスする、という技を使う在住者もいる。
ポルトガル料理と日本料理の意外な共通点
ポルトガル料理と日本料理には、見過ごされがちな共通点がある。
素材重視: ポルトガル料理はフランス料理のようなソース文化ではなく、素材の味を活かす調理が多い。焼き魚にオリーブオイルと塩だけ、というシンプルさは、日本の焼き魚と通じるものがある。
魚介の多用: 前述の通り、ポルトガルは魚介消費量が世界トップクラス。タコの料理法は日本以上に多彩で、タコ飯(Arroz de Polvo)は日本人が食べても違和感がない。
天ぷらの起源: 日本の天ぷらはポルトガルの「peixinhos da horta(野菜のフリッター)」が起源とされている。16世紀にポルトガルの宣教師が日本に持ち込んだ調理法が、和食の定番になった。
米文化: ポルトガルはヨーロッパ有数の米消費国で、料理に米を多用する。パンの国が多いヨーロッパの中で、ポルトガルだけは「米が主食」に近い食文化を持っている。
寿司バブルで「なんちゃって日本食」が広がったポルトガルだが、皮肉にも食文化の下地は日本と相性が良い。本格的な日本食店が増えることで、ポルトガル人の中の「日本食のイメージ」が更新されつつある。安い食べ放題から、カウンターで食べるおまかせへ。リスボンの日本食は、量の時代から質の時代に移行し始めている。