リスボンの再開発——古い建物をリノベして高級化した街の光と影
リスボンの再開発で不動産価格が急騰。観光客向けリノベーションが進む一方、地元住民が中心部から押し出される現実を、数字とともに描く。
この記事の日本円換算は、1EUR≒160円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(EUR)の金額を基準にしてください。
リスボンの不動産価格は、2020年から2025年にかけて60〜100%上昇した。1平方メートルあたりEUR 3,000〜3,500だった価格が、2025年6月にはEUR 5,642に達している。この数字だけ見ると「バブルだ」と思うかもしれない。でも現地にいると、もう少し複雑な風景が見える。
アルファマの路地に起きたこと
アルファマはリスボンで最も古い地区だ。1755年の大地震でも倒壊しなかった建物が残る。ファドが生まれた場所で、洗濯物が頭上にはためく狭い路地が観光客を引きつけてきた。
2010年代半ば以降、この地区で大規模なリノベーションが始まった。老朽化した建物を買い取り、内装を一新してAirbnbや高級アパートメントとして貸し出す——というビジネスモデルが急速に広がった。
地区の住民構成は変わった。長年住んでいた高齢者が家賃の値上げで退去を迫られ、代わりにデジタルノマドや短期滞在の外国人が入居する。アルファマだけの話ではない。モウラリア、グラサ、マルヴィーラといった地区でも同じパターンが繰り返されている。
数字で見るリスボンの住宅事情
2025年5月時点で、リスボン中心部の物件平均価格はEUR 650,000(約1億400万円)。平均家賃は月EUR 1,751(約28万円)。ポルトガルの平均月収がEUR 1,500前後であることを考えると、首都の住宅費はすでに一般的な労働者の手の届かない水準にある。
外国人バイヤーがリスボンの不動産取引の約40%を占めるというデータもある。中心部のいくつかの地区では、その比率はさらに高い。現金一括で購入する外国人と住宅ローンで競り合う地元住民——勝負は最初からついている。
「美しい街」のコスト
リスボンの再開発を全否定するのは難しい。2000年代まで、市内には放置された空き家が大量にあった。外壁が崩れかけた建物、窓が割れたまま何年も手つかずの物件。リノベーションの波は、少なくとも街の外観を劇的に改善した。
インフラも整備された。新しいレストラン、カフェ、コワーキングスペースが生まれ、リスボンは欧州屈指のスタートアップ都市になった。Web Summitの開催地に選ばれたのもこの文脈だ。
ただ、その恩恵を受けているのは誰か、という問いが残る。マルヴィーラ地区の不動産価格は2025年に前年比32%上昇した。ペーニャ・デ・フランサ地区は16%。これらの数字は「街が良くなっている」とも「住民が追い出されている」とも読める。
行政の対応——遅れた規制
リスボン市議会は2019年以降、短期賃貸(Alojamento Local)の新規ライセンス発行を中心部で制限し始めた。2023年には「Mais Habitação(もっと住宅を)」法が施行され、非稼働の短期賃貸ライセンスの強制取消や、空き家への課税強化が導入された。
効果はまだ限定的だ。中心部の数千戸がAirbnb用として短期賃貸に回されたまま戻ってきていない。規制を回避するために法人名義でライセンスを保持するケースもある。住宅供給を増やすための新規開発も進んでいるが、完成までに数年かかるため、短期的な家賃下落にはつながっていない。
在住者として見える景色
日本人がリスボンに住む場合、多くは外国人バイヤー側に立つことになる。EUR建ての収入や貯蓄があれば、リスボンの住宅市場はまだ東京と比べて割安に見える局面もある。
しかし、隣人がいなくなった建物に住むのは、どこか居心地が悪い。1階のパン屋がジェラート屋に変わり、角の食料品店がワインバーになる。街はきれいになったが、生活感は薄くなった。
若いポルトガル人の多くは、リスボン中心部を諦めて郊外のアマドーラ、オエイラス、アルマダといった衛星都市に移っている。通勤時間は増えたが、家賃は中心部の半分以下で済む。「リスボン都市圏に住んでいるが、リスボンには住めない」——この状況は東京の住宅事情と重なる部分がある。
リスボンの再開発は、都市が「誰のために存在するのか」という問いを投げかけている。観光客と外国人投資家のための美術館のような街か、生活者のための街か。その答えはまだ出ていないし、おそらく当分出ない。ただ、この街に住むなら、自分がその問いの一部であることは意識しておいたほうがいい。