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28番トラムが観光路線になった日|リスボンの路面電車と都市の記憶

リスボンの路面電車28番は観光名物だが、元は住民の通勤路線だった。観光化で地元住民が乗れなくなり、代替バスが走る逆転現象。交通と観光の衝突を追う。

2026-05-24
ポルトガルリスボントラム28番観光交通

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リスボンの路面電車(eléctrico)28番は、1日あたり約1万2,000人が乗車する。そのうち約8割が観光客だ。

本来は地元住民の生活路線として1914年に開業した。現在は事実上の観光アトラクションになっており、住民が通勤に使えない状態が続いている。

28番の路線設計

28番はリスボンの歴史地区を東西に縦断する。マルティン・モニス広場からカンポ・デ・オウリケまで、約7kmを約40分かけて走る。アルファマ、グラサ、バイシャ、エストレラといった観光名所を網羅しており、車窓から見える景色が「乗るだけで観光」になる構造だ。

1930年代製のレモ(Remodelado)と呼ばれる木製車両が使われており、これ自体が観光資源になっている。車幅は約2.4m。急坂と狭い路地を軋みながら走る。

住民の排除

問題は、この路線の輸送力が極めて限られていることだ。レモ車両の定員は約58人(立席含む)。運行間隔は約10〜12分。ピーク時でも1時間に5〜6本しか走らない。

観光客が始発停留所で行列を作るため、途中の停留所から乗ろうとする住民は満員で乗れないことが日常化している。Carris(リスボン市営交通)は2019年から28番の一部区間と並行するバス路線(728番)を新設したが、住民からは「トラムに乗れないから代わりのバスを走らせる」という本末転倒さへの批判がある。

スリとの戦い

28番トラムはリスボンでスリの被害が最も多い場所としても知られている。混雑した車内でのスリ被害は年間数千件と推計されており、リスボン警察が私服警官を車内に配置するほどだ。

観光客が集中する狭い空間はスリにとって理想的な環境であり、この問題はトラムの観光化と切り離せない。在住者の間では「28番には乗らない」がほぼ常識になっている。

維持コストとジレンマ

レモ車両は90年以上前の設計で、部品の多くが手作業で製造・修理されている。Carrisの整備工場にはレモ専用の職人がおり、技術の継承が課題になっている。1両あたりの年間維持費は新型車両の数倍とされる。

経済合理性だけで考えれば、レモ車両を引退させて新型トラムに置き換えるのが正解だ。しかし、28番の「古さ」そのものが観光価値であるため、近代化すると乗客(観光客)が減る。古くなければ価値がないが、古いから維持費がかかる。

都市は誰のものか

28番トラムの問題は、リスボン全体が直面しているジェントリフィケーションの縮図だ。アルファマ地区のアパートがAirbnbに転用され、家賃が上がり、住民が郊外に移る。住民がいなくなれば「生活路線」としてのトラムの需要も消える。

交通機関が観光資源に変わるとき、その路線は都市のインフラではなくテーマパークの乗り物になる。在住者としてリスボンの坂道を歩くとき、28番がガタガタと通り過ぎるのを眺めながら、この路線の乗客が誰であるべきかを考えることがある。

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