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ポートワインはイギリス人が作った——ポルトのワイン産業と英国資本の300年

世界的に有名なポートワインの産地ポルトでは、主要なワインハウスの多くがイギリス系。メシュエン条約から始まる英ポルトガルのワイン貿易史と、現在のドウロ渓谷。

2026-05-14
ポートワインポルトドウロ渓谷イギリスワイン

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ポルトのガイア地区(Vila Nova de Gaia)にはポートワインの貯蔵庫が並んでいる。そのブランド名を読み上げてみると、違和感に気づく。Taylor's、Graham's、Cockburn's、Croft、Sandeman——英語の名前ばかりだ。

ポルトガルの象徴的なワインなのに、なぜ英語圏の名前がこれほど多いのか。答えは300年前の貿易戦争にある。

メシュエン条約(1703年)

17世紀末、イングランドとフランスの関係は最悪だった。スペイン継承戦争で対立し、イングランドはフランスワインに懲罰的な高関税をかけた。ワイン好きのイギリス人は代替品を必要とした。

1703年、イングランドとポルトガルはメシュエン条約を締結。ポルトガルワインの関税をフランスワインの3分の2に引き下げた。代わりにポルトガルはイギリスの毛織物を輸入する。

イギリスのワイン商人たちはドウロ渓谷に殺到した。しかし問題があった。ドウロの赤ワインはイギリスまでの長い船旅で酸化してしまう。そこで、ワインの発酵途中にブランデー(グレープスピリッツ)を添加して発酵を止め、糖分とアルコール度数を高める手法が生まれた。

これが「フォーティファイドワイン」——ポートワインの誕生だ。

イギリス商人の支配

18〜19世紀、ポルトに拠点を置くイギリスのワイン商人たちは「ファクトリーハウス」(Feitoria Inglesa)と呼ばれる商館を構え、ドウロ渓谷の農家からワインを買い付けた。

彼らは資本力でポートワイン産業を支配した。Taylor's(1692年創業)、Croft(1588年)、Graham's(1820年)——現在でも有力ブランドの多くがイギリス系のルーツを持つ。ポルトのファクトリーハウスは今も「ブリティッシュ・クラブ」として残っており、ポルトのイギリス人コミュニティの中心になっている。

ポルトガル政府はこの英国支配に対抗しようとした。1756年、ポンバル侯爵はドウロ渓谷のワイン生産地域を世界で初めて法的に画定し、ワインの品質と価格を規制する「レアル・コンパニア」(Real Companhia Velha)を設立。これは世界初のワインの原産地呼称統制の試みだった。フランスのAOC制度より約180年早い。

ドウロ渓谷のテラス畑

ドウロ渓谷(Vale do Douro)はポルトから東に約100km。急峻な渓谷の斜面に、石壁で支えられたテラス状のブドウ畑が延々と続く。2001年にUNESCO世界遺産に登録された。

斜面の勾配が急すぎて機械化できない区画が多く、収穫は今でも手作業。夏のドウロ渓谷の気温は40℃を超えることもあり、「ヨーロッパで最も過酷なブドウ畑」と呼ばれる。

ブドウの品種はトゥリガ・ナシオナル、トゥリガ・フランカ、ティンタ・ロリス等のポルトガル固有種。1本のポートワインには通常3〜5品種がブレンドされる。

ポートワインの種類と値段

ガイア地区のワインハウスで試飲できるポートワインは、熟成方法と年数で大きく変わる。

種類熟成価格帯(ボトル)
Ruby木樽で2〜3年EUR 5〜15(約800〜2,400円)
Tawny木樽で長期間EUR 8〜25(約1,280〜4,000円)
Tawny 10年木樽で10年EUR 15〜30(約2,400〜4,800円)
Tawny 20年木樽で20年EUR 25〜50(約4,000〜8,000円)
Late Bottled Vintage (LBV)木樽で4〜6年EUR 10〜20(約1,600〜3,200円)
Vintage出来のよい年のみEUR 30〜300+(約4,800〜48,000円+)

ガイア地区のワインハウスの試飲は1回EUR 15〜25(約2,400〜4,000円)で3〜5種類のテイスティングができる。観光客向けだが、ワインの知識がなくても楽しめる。

「ポルトガルのワイン」なのか

現在、ポートワイン産業のオーナーシップは多国籍化が進んでいる。Symington Family(イギリス系だが4世代ポルトガル在住)がGraham's、Dow's、Warre'sを保有。Fladgate Partnership(同じくイギリス系)がTaylor's、Fonseca、Croftを保有。一方で、ポルトガル資本のSogevinus(Kopke、Burmester等)や、フランスのカサテル・グループが参入するなど、構図は複雑だ。

ブドウを育てるのはドウロの農家。ワインを熟成・販売するのはガイアのワインハウス。その資本の多くがイギリス系。ポートワインとは、ポルトガルの土地・気候・品種と、イギリスの資本・商業ネットワークが300年かけて融合した産物だ。

ガイアのワイン貯蔵庫で20年物のTawnyをグラスに注いでもらうと、琥珀色の液体からナッツとキャラメルの香りが立ち上る。このワインの名前は英語で、中身はポルトガルで、飲んでいる場所はテージョ川を見下ろすテラスだ。アイデンティティの境界線が溶けた味がする。

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