トゥクトゥクが走るリスボン——観光が街を飲み込む「ジェントリフィケーション2.0」
リスボンの旧市街をトゥクトゥクが占拠し、家賃が5年で2倍になりました。観光ブームと住民の流出が同時に起きている、リスボンの変貌を報告します。
この記事の日本円換算は、1EUR≒160円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(EUR)の金額を基準にしてください。
リスボンの旧市街アルファマ地区を歩くと、石畳の狭い坂道をトゥクトゥク(電動三輪タクシー)が次々と上ってきます。観光客を乗せたトゥクトゥクの列が路地を塞ぎ、洗濯物を干していた住民が窓から苦笑する。
この光景が日常になったのは、2015年頃からです。リスボンは10年で全く違う街になりました。
観光爆発の数字
ポルトガルへの外国人観光客数は、2014年の約920万人から2024年には約3,000万人超に急増しました(INE: Instituto Nacional de Estatística)。人口の約3倍の観光客が毎年押し寄せている計算です。
リスボンは特に集中度が高い。Airbnbの登録件数はリスボン市内だけで約25,000件(AirDNA, 2024年推計)。市内のアパートの相当数が短期賃貸に転換されました。
住民が住めなくなった
問題の核心はシンプルです。家主にとって、ポルトガル人に月額500〜700EURで長期賃貸するより、観光客に1泊80〜150EURで短期賃貸するほうが儲かる。
結果として、リスボン中心部の長期賃貸の供給が激減し、家賃が高騰しました。リスボン市内の平均家賃は2019年の約850EUR/月から2024年には約1,400EUR/月に上昇(Idealista.ptデータ)。わずか5年で約65%の上昇です。
ポルトガルの最低賃金は2024年で月額820EUR。リスボン中心部のワンルーム(T0〜T1)の家賃が800〜1,200EUR(約12.8万〜19.2万円)であることを考えると、最低賃金では家賃すら払えない計算です。
旧市街のアルファマ、モウラリア、バイロ・アルトから地元住民が流出し、代わりに短期滞在の観光客とデジタルノマドが入ってきています。
政府の対応
ポルトガル政府は2023年に「Mais Habitação(もっと住宅を)」法を可決しました。この法律の柱のひとつが、新規のAirbnb等短期賃貸ライセンス(AL: Alojamento Local)の発行停止です。
リスボンを含む「住宅圧力地域(Zonas de Pressão Urbanística)」に指定された自治体では、新規のALライセンスが原則として発行されなくなりました。既存のライセンスも、更新時に条件が厳格化されています。
しかし、既存のAL物件は数万件あり、効果が出るには時間がかかります。闇営業(無許可のAL)の取り締まりも追いついていないのが現状です。
トゥクトゥクという象徴
リスボンのトゥクトゥクは、観光化の最も視覚的な象徴です。2010年頃はほとんど見かけなかったものが、2020年代にはアルファマ地区だけで数百台が稼働するまでになりました。
料金は30分のツアーで30〜50EUR(約4,800〜8,000円)。ドライバーの多くは移民やギグワーカーで、観光経済の恩恵を受けている側です。
地元住民にとっては、トゥクトゥクの騒音と排気ガス(電動化が進んではいるが、まだガソリン車も残る)、狭い路地での交通渋滞が生活の質を直接下げています。2024年にはリスボン市がアルファマ地区の一部でトゥクトゥクの乗り入れ制限を実施しましたが、効果は限定的です。
在住日本人の立ち位置
在住日本人は、この構造の「加害者」にも「被害者」にもなりえます。
リモートワーカーとしてリスボンに住む日本人は、高い家賃を払える「外国人」として住宅市場の加熱に寄与しています。一方で、家賃高騰の影響を受けて住む場所を探すのに苦労する当事者でもあります。
リスボンで部屋を探す際は、市中心部(Baixa、Chiado、Alfama)を避け、周辺地域(Benfica、Lumiar、Amadora等)まで視野を広げると、家賃は600〜900EUR/月(約9.6万〜14.4万円)程度まで下がります。通勤はメトロで20〜30分。
観光が都市経済を潤す一方で、そこに暮らす人々を追い出す。このジレンマはバルセロナやヴェネツィアでも起きていますが、ポルトガルは所得水準が低いぶん、住民へのダメージがより深刻です。トゥクトゥクの列を見るたびに、そのことを思い出します。