チャイナタウンのジェントリフィケーション——「本物の中華街」はどこへ行った
シンガポールのチャイナタウンは観光地として整備される一方、かつての住民コミュニティを失いつつある。その変化の構造と在住者から見た実態を解説します。
この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年4月時点)。
シンガポールのチャイナタウンで売られている土産物の多くは、中国製のマグネットやTシャツだ。かつて広東語や福建語が飛び交っていた街は、今や英語と普通話で商売が成立している。
何が変わったのか
シンガポールのチャイナタウン(牛車水)は、19世紀に福建・広東・潮州系移民が集住した地区だ。1970〜80年代には、狭い店舗に伝統工芸職人や漢方薬店が軒を連ね、戦前から続く氏族会館や寺院が地域社会の軸となっていた。
転換点は1980年代の再開発だ。URA(都市再開発庁)主導で建物の保存・修復が進む一方、家賃が上昇し、低所得の住民や老舗商店が移転を余儀なくされた。現在のチャイナタウンは「保存された外観」の中に、スターバックスや土産物屋、高級レストランが入居している構造だ。
家賃の現実
チャイナタウン周辺のショップハウス(街屋)の商業賃料は、2020年代に入ってから急騰している。アンシャンロード沿いの1階店舗で、月8,000〜15,000SGD(約92万〜172万円)が相場という報告もある。
老舗の漢方薬店や仕立て屋が家賃を払い続けるのは難しい。後継者問題もあいまって、伝統的な業態の廃業が相次いでいる。2023年には、80年以上続いた広東式焼き物専門店が閉店し、SNSで話題になった。
観光資源として「保存」されるもの
政府の戦略は矛盾をはらんでいる。URAは建物の外観を厳格に保護し、チャイナタウンのユネスコ登録も検討されてきた。しかし内側の商業テナントには干渉しない。結果として、「外見は昔のまま、中身は商業施設」という状態が続く。
スリマリアマン寺院やブッダトゥースレリック寺院は今も現役で機能しており、毎朝参拝者が訪れる。この点はアリバイ的に「本物の文化」が残っている証拠として機能している。
コアは少しずつ残っている
とはいえ、チャイナタウンが完全に空洞化しているわけではない。スミスストリートのフードコートや、テンポーキアン通りの専門食材店は今も地元客で賑わっている。路地に入ると、フォーマイカテーブルの茶室や立ち飲みコーヒー店が残っている。
ジェントリフィケーションは不均一に進む。観光客の導線から外れた場所には、まだ「本物」が生き残っている。それを見つける楽しみが、チャイナタウンを歩く理由になっている。
在住者の見方
長期在住の日本人コミュニティの間では「チャイナタウンで買い物はしない」という認識が一般的だ。食事は別で、ピープルズパークセンターの地下フードコートや、マックスウェルフードセンターのチキンライスは別格として評価されている。観光地としての演出と、生活の場としての実態が重なり合う、複雑な街だ。