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シンガポールで車を持つと1,000万円かかる。世界一高い自動車所有のコスト構造

COE(車両取得資格証)をはじめ、ARF・保険・道路税まで含めると10年間の総コストは1,000万円を超える。なぜシンガポールはここまで車を「高くした」のか、その設計思想を読み解く。

2026-04-08
COE自動車交通政策生活費都市設計

この記事の日本円換算は、1SGD≒110円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(SGD)の金額を基準にしてください。

シンガポールで車を買うと、「車の値段」を払う前に、車を持つ「権利の値段」を払わなければならない。

2026年3月時点のCOE(Certificate of Entitlement)価格は、カテゴリA(排気量1600cc以下)で約SGD 108,220(約1,190万円)、カテゴリB(1600cc超)で約SGD 114,002(約1,254万円)だった。これはあくまで「10年間、シンガポールで車を所有する権利」の価格だ。車そのものの代金ではない。

COEとは何か。その「設計の論理」

シンガポール陸上交通局(LTA)が運営するCOEは、2週間ごとに入札制で価格が決まる。発行枚数は政府が管理しており、市場の需要がどれだけ高くても、発行数は増やさない。土地に限りがある島国で、道路を無限に増やすことはできない。だから「車の総量」を数でコントロールする。

経済学的には、これは典型的な「数量規制」だ。価格規制(「車は100万円まで」)ではなく、数量を固定することで希少性を人工的に作り出し、価格を市場に決めさせる。結果として、需要が高ければCOE価格は青天井になる。

2012〜2013年にCOEが一時SGD 90,000を超えたとき、多くの人が「さすがに落ちるだろう」と思った。2026年3月現在、SGD 108,000〜114,000が「普通の相場」になっている。

1,000万円の内訳——COEだけではない

車を買うときにかかる費用を分解すると、こうなる。

項目概算(SGD)内容
COE108,000〜114,0002026年3月時点のカテゴリA/B
車両本体(OMV)20,000〜40,000輸入車の関税評価額
ARF(追加登録税)20,000〜100,000+OMVの100〜320%(累進課税)
物品税(Excise Duty)OMVの約20%
GST(消費税)9%
保険(年間)2,000〜4,000
道路税(年間)700〜2,000

中型の日本車(トヨタ・カムリ程度)を想定すると、諸費用込みの購入総額はSGD 180,000〜220,000(約2,000〜2,400万円)になる。10年間の維持費(保険・道路税・駐車場・ERP)まで含めると、SGD 250,000前後(約2,750万円)が目安だ。

1ヶ月あたりSGD 2,000〜2,500(22〜27万円)。東京の高級マンションの賃料と同じ感覚でお金が出ていく。

「車を持つ人を減らす」という政策の徹底

なぜここまで高くするのか。単純に言えば、「車を持つことをコスト的に選択肢から外す」ためだ。

シンガポールの国土面積は約733km²。東京23区(619km²)よりわずかに大きい面積に、590万人が住んでいる。もし日本並みの普及率(約60世帯に1台)で車が走り回れば、道路は機能を失う。

政府の戦略は2本立てだ。ひとつはCOEで車の総量を抑える。もうひとつは、公共交通(MRT・バス)を世界最高水準に整備することで「車がなくても困らない状態」を作る。

実際、MRTは深夜以外ほぼ10分以内の間隔で運行し、エアコンが効いている。タクシーやGrabも安価に使える。Grabでオーチャードからチャンギ空港まで約SGD 20〜25(2,200〜2,750円)。日本でいえば都心から成田まで渋滞なしでこの値段、と考えると破格だ。

ではなぜ、それでも買う人がいるのか

シンガポールのCOEが高いと分かっていながら、それでも車を買う人は一定数いる。

理由のひとつは「移動の自由」だ。マレーシア・ジョホールバルへのドライブ、週末の家族旅行、荷物の多い買い出し。これらはMRTでは代替できない。もうひとつは、シンガポールで車を持つことそのものが「ステータス」として機能しているという面もある。2,000万円の固定費を払えると示すことが、一種のシグナリングになる。

生物学的な比較で言えば、クジャクの羽に似ている。無駄に大きくて邪魔なのに、だからこそ「これを持てる」ことを示す。

COE制度は「成功した政策」か

COEは1990年に導入され、30年以上運用されている。渋滞の抑制という目的は一定程度達成されている。ただ、批判もある。

COEの高騰は「お金持ちしか車を持てない社会」を作り出している。低所得層にとって、病院への搬送や夜間の移動手段が制限される。富の再分配という観点では、逆進性が強い。

また、電気自動車(EV)の普及でCOE需要が増加傾向にある。EV補助金が購入の後押しをする一方、COEという入り口のコストは変わらない。

2026年3月にはLTAがCOE分類システムの見直しを検討していると報じられた。「カテゴリAとBの価格が収束している」という問題意識だ。制度自体は今後も維持されるが、細部の設計は変わり続けるだろう。


車は「移動手段」ではなく「10年間の権利を競り落とす投資」として捉えるのがシンガポール流だ。MRTで十分快適に生活できる都市で、なおかつ車を選ぶ人たちは何を買っているのか——そのあたりを考え始めると、この島国の経済感覚がじわじわと見えてくる。

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