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シンガポールの建設労働者は100万人いるのに、街で見かけるのは日曜だけ

シンガポールの外国人労働者は約140万人。うち建設・海事・製造業の労働者はドミトリーに住み、平日は現場と寮を往復する。週に一度の休日だけ街に出る。都市の表と裏に引かれた見えない境界線の話。

2026-05-10
シンガポール外国人労働者建設業ドミトリーリトルインディア

この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(SGD)の金額を基準にしてください。

日曜日のリトルインディア駅を降りると、平日とは別の街になっている。歩道は人で埋まり、送金サービスの店に行列ができ、スマートフォンで故郷のバングラデシュやインドに電話する声が響く。この光景を作っているのは、シンガポールのインフラを文字通り手で建てている人たちだ。

ワークパーミットという階層

シンガポールの就労ビザは階層構造になっている。最上位がEP(Employment Pass、月給5,000SGD以上)、次がSパス(月給3,150SGD以上)、最下層がワークパーミット(WP)。建設・海事・製造業の労働者の大半はWPだ。

WP保持者の基本月給は600〜1,200SGD(約69,000〜138,000円)。雇用主は労働者1人あたり月額300〜950SGDの外国人労働者税(Foreign Worker Levy)を政府に支払う。つまり雇用主から見た実質コストは月900〜2,150SGD。シンガポール人を雇うよりはるかに安い。

ドミトリーの中

建設労働者用のドミトリーは、シンガポール本島の西部(トゥアス)や北東部(プンゴル)の工業地帯に集中している。1棟に数千人が暮らす大規模施設で、1部屋に8〜12人が2段ベッドで生活する。1人あたりの居住スペースは政府規定で最低4.5m²。

ドミトリーの使用料は雇用主が負担するため、労働者本人の出費はゼロだ。食事は施設内の食堂で1食2〜4SGD(約230〜460円)。月の食費を60〜120SGD程度に抑えて、残りの給料を母国に送金する。バングラデシュの平均月収が約15,000〜20,000タカ(約180〜240SGD相当)であることを考えると、シンガポールでの月収600〜1,200SGDは大きな金額だ。

COVID-19で可視化された問題

2020年、シンガポールのCOVID-19感染者の大部分がドミトリーの労働者から出た。政府は複数のドミトリーをロックダウンし、数万人の労働者が数ヶ月にわたって施設から出られなくなった。

この事態はシンガポール社会に衝撃を与えた。「自分たちの住んでいるHDBやコンドミニアムを建てた人たちが、どこでどう暮らしているのか知らなかった」という声がSNSに溢れた。政府はCOVID後にドミトリーの基準を改定し、1人あたり6m²以上の居住スペース、換気設備の改善を義務化した。

日曜日の経済圏

WP労働者の多くは週1日の休みを日曜日にまとめてとる。この日、リトルインディアとゲイラン地区に巨大な消費経済が立ち上がる。

ムスタファセンター(24時間営業のデパート)は日曜の午後、身動きが取れないほど混雑する。ここで母国への土産物を買い、SIMカードを補充し、現金を送金窓口に持ち込む。1人あたりの支出は50〜100SGD程度と推測されるが、数十万人規模で集まるため、リトルインディア地区の日曜の売上は平日の数倍になると言われている。

見えない壁

シンガポールの都市設計は、WP労働者の生活圏と一般住民の生活圏を物理的に分離している。ドミトリーは工業地帯にあり、最寄りのMRT駅から遠い。日曜日に専用バスで集団移動し、リトルインディア等の特定エリアに集中する。オーチャードロードやマリーナベイで建設労働者を見かけることはほとんどない。

これは意図的な設計だとする批判がある一方、労働者側にとってもリトルインディアの方が母国語が通じ、食事も安い。経済合理性と文化的親和性が、結果的に分離を強化している。

在住日本人が考えるべきこと

自分が住んでいるコンドミニアムを建てた人の日給がいくらか、想像したことがあるだろうか。月額3,000〜5,000SGDの家賃を払っている部屋は、月給600〜1,200SGDの人たちが建てた。その人たちは4.5m²のスペースで8人と暮らしている。

この事実は批判としてではなく、シンガポールという都市国家が成り立っている構造として認識しておく価値がある。

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