シンガポール永住権を取るとCPFが始まる——得なのか損なのか
シンガポールPR取得後のCPF拠出の仕組み、住宅・医療・老後への使途、出国時の引き出しルールを整理。PRを取るかどうかの判断材料として。
この記事の日本円換算は、1SGD≒124円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(SGD)の金額を基準にしてください。
シンガポールで永住権(PR)を取ると、翌月から給与明細が変わります。手取りが減る。理由は**CPF(Central Provident Fund)**の拠出が始まるからです。
EP(Employment Pass)で働いている間はCPFの拠出義務はありません。PRを取った瞬間に、給与の一部がCPFに強制的に積み立てられます。これが「得」なのか「損」なのかは、シンガポールにどれくらい住むかで変わります。
CPFの拠出率——給与の37%が消える
55歳以下のPR(3年目以降、市民と同率)の場合、2025年1月以降の拠出率は以下のとおりです(CPF Board公式)。
| 拠出者 | 率 |
|---|---|
| 従業員負担分 | 20% |
| 雇用主負担分 | 17% |
| 合計 | 37% |
月給SGD 7,400(CPF月額上限、2025年1月〜)の場合。
- 従業員負担: SGD 1,480(約183,500円)
- 雇用主負担: SGD 1,258(約156,000円)
- 合計: SGD 2,738(約339,500円)
手取りが20%減る。EPのときは額面≒手取りだったのが、PR取得後は額面の80%が手取りになります。
段階的引き上げ(PR取得後)
PR取得直後は拠出率が低く、段階的に引き上げられます。
| 期間 | 従業員 | 雇用主 | 合計 |
|---|---|---|---|
| PR 1年目 | 5% | 4% | 9% |
| PR 2年目 | 15% | 9% | 24% |
| PR 3年目以降 | 20% | 17% | 37% |
1年目は手取りの減少が5%程度ですが、3年目からは20%に跳ね上がります。
CPFの3つのアカウント——どこに行くのか
CPFに積み立てられた資金は、3つのアカウントに分配されます(55歳以下の場合)。
| アカウント | 配分率 | 用途 |
|---|---|---|
| Ordinary Account (OA) | 23% | 住宅購入、投資、教育 |
| Special Account (SA) | 6% | 退職後の生活資金 |
| Medisave Account (MA) | 8% | 医療費 |
Ordinary Account (OA) の使い方
OAの最大の使い道はHDB(公共住宅)の購入です。PRはHDBの中古物件を購入できるため、OAの資金を頭金とローン返済に充てることができます。
民間コンドミニアムの購入にもOAを使えますが、ABSD(追加印紙税5%)がかかるため、住宅購入の経済合理性はシンガポール市民より低い。
住宅を購入しない場合、OAの資金は投資(CPFIS: CPF Investment Scheme)に回すこともできます。ただし、投資可能な商品は限定されており、個別株やETFの一部。高リターンを狙える選択肢は少ない。
OAの基本金利は年2.5%(CPF Board、2025年時点)。
Special Account (SA) の使い方
SAは55歳まで引き出せません。退職後の生活資金として設計されています。基本金利は年4.0%。
複利で4%は、銀行預金よりも高い利回りです。20年間拠出を続ければ、SAだけでもかなりの額が貯まります。ただし、「55歳まで触れない」という制約が重い。
Medisave Account (MA) の使い方
MAは医療費の支払いに使います。入院費、手術費、特定の外来治療、MediShield Life(公的医療保険)の保険料に充当可能。年間の引き出し上限あり。
出口——シンガポールを去るときに引き出せるか
ここがPR取得の判断で最も重要なポイントです。
PRを放棄してシンガポールを去る場合
PR(永住権)を放棄し、シンガポールから完全に離れる場合、CPFの資金を全額引き出すことが可能です。
ただし、引き出しにはICA(移民局)でのPR放棄手続きが完了してから6ヶ月の待機期間があります。その後、CPF Boardに申請して引き出します。
注意点
- 引き出し時に税金はかからない。CPFの引き出し自体は非課税
- Medisave Accountの残高は、MA最低残高(BHS: Basic Healthcare Sum)を超えた部分のみ引き出し可能な場合がある(年齢による)
- PRを放棄すると再取得が非常に難しくなる。一度放棄したPRを再度申請して取得した例は少ない
55歳以降の引き出し
55歳を超えると、FRS(Full Retirement Sum)を超えた部分を引き出せるようになります。FRSは2025年でSGD 213,000(約2,640万円)。これをSAとOAに残しておく必要がある。
得か損か——シナリオ別の判断
シナリオ1: 長期滞在(10年以上)→ 得になりやすい
CPFの利回り(OA 2.5%、SA 4.0%)は、銀行預金よりも高い。10年以上の長期で拠出と複利の効果が蓄積されると、強制貯蓄として合理的に機能します。HDBの購入にOAを使えば、家賃の代わりに資産形成ができる。
シナリオ2: 中期滞在(3〜5年)→ 微妙
3〜5年でシンガポールを去る予定の場合、CPFに積み立てた金額は全額引き出せますが、手取りが20%減った期間の生活コストが重い。住宅購入もしない場合、CPFは「金利2.5〜4%の定期預金に強制的に入れられる」のと同じです。
シナリオ3: 短期滞在(1〜2年)→ 損
PR取得後すぐに離れる場合、CPFの恩恵はほぼない。拠出は始まるが、蓄積する期間が短く、手取り減少のデメリットのほうが大きい。ただしPR 1年目の従業員負担は5%なので、影響は限定的。
PRを取るかどうかの判断
CPFは「PRを取るかどうか」の判断材料の一つにすぎません。PRには他にも以下のメリットがあります。
- ABSD軽減: 不動産購入時のABSDが60%→5%(1件目)
- 雇用の安定: EP更新不要。景気変動で職を失ってもシンガポールに残れる
- HDB購入権: 中古HDBを購入可能。シンガポールで最もコスパの高い住宅
- 子どもの教育: 子どもがシンガポール市民として教育を受けられる(条件あり)
CPFの手取り減少だけを見て「PRは損」と判断するのは早計です。逆に、「PRさえ取ればすべて解決」でもない。滞在予定年数、住宅購入の意思、老後の設計——この3つの変数で、CPFの損得は変わります。