CPFという強制貯蓄——シンガポール人が「老後に不安を感じない」理由
シンガポールの中央積立基金(CPF)は、給与の37%が自動的に積み立てられる強制貯蓄制度。住宅購入から医療費、老後の年金まで一括管理する独自の仕組みを解説します。
この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年5月時点)。為替は変動するので、現地通貨の金額を基準にしてください。
シンガポールの会社員は、毎月の給与から20%が自動的に引かれる。雇用主はさらに17%を上乗せして積み立てる(55歳未満の場合)。合計で給与の37%が「CPF口座」に入る。
手元に来る前に消える金額としては相当大きい。しかしシンガポール人の多くは、これを「損」とは思っていない。
CPFの三つの口座
CPFには三つの口座がある。
Ordinary Account(OA):住宅購入、教育費、一部の投資に使える。金利は年2.5%(政策金利連動、変動あり)。
Special Account(SA):老後資金専用。原則として60歳まで引き出せない。金利は年4%(変動あり)。
Medisave Account(MA):医療費専用。入院費、手術費、特定の外来治療に充当できる。
積み立てられた金額は、用途によって自動的に振り分けられる。「貯めながら使える」設計だ。
住宅ローンをCPFで払う
シンガポールでHDBを購入する際、多くの人はOA(Ordinary Account)の積立金を頭金と毎月の返済に充てる。
つまり、「給与→CPF→住宅ローン返済」という流れが完結する。現金を手にすることなく、住宅を取得できる。賃借人ではなく所有者になる。売却すれば差額が手に入る。
これがシンガポール人が「資産を持っている」と感じる構造の核心だ。公営住宅(HDB)がほぼ全員に行き渡り、それがCPFで購入できる仕組みになっている。
老後の「CPFライフ」
65歳になると、CPFの一定額が「CPF Life」という終身年金スキームに移行する。毎月の支給額は積立額によって異なるが、基本的な生活費をカバーする水準を目標に設計されている。
国が運営する強制積立+運用の年金制度であり、日本の国民年金に相当するが、運用効率と透明性の面で異なる設計だ。
駐在員と永住権保持者の扱い
外国籍の就労者(Employment Pass保有者)はCPFの対象外だ。給与が全額手取りになる代わりに、老後の積立もない。
永住権(PR)を取得すると、CPFへの拠出が始まる。これが「PRを取った瞬間に給与が下がったように感じる」原因だ。実際には積み立てているだけだが、可処分所得は減る。
日本人駐在員がシンガポールで「手取りが多い」と感じるのは、CPF義務のない就労ビザで働いていることが多いためでもある。
制度への信頼という前提
CPFが機能するのは、「政府が積み立てたお金を適切に管理・運用してくれる」という信頼が社会の前提になっているからだ。
シンガポールは政府への信頼度が高い国として知られており(各種調査で概ね上位)、CPFへの批判がゼロではないにしても、制度そのものを否定する声は少数派だ。
「強制されているが、それなりに機能している」という評価が大多数の認識だと言える。国家と個人の関係を、日本と比べて考えると、全く異なる設計思想が見えてくる。