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シンガポールで土葬すると15年で掘り返される——土地不足が変えた死後の経済学

国土面積733km²のシンガポールでは墓地の土地が足りない。土葬は15年後に掘り起こされ、火葬率は80%を超えた。コロンバリウムの一区画は数千ドル。死後にも不動産価格がついてくる都市国家の現実。

2026-05-10
シンガポール葬儀土地問題火葬コロンバリウム

この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(SGD)の金額を基準にしてください。

シンガポールで土葬を選ぶと、15年後に遺骨が掘り起こされる。政府の規定で、土葬の墓地使用期限は15年。期限が来たら遺骨を取り出し、火葬してコロンバリウム(納骨堂)に移すか、海に散骨するかを遺族が選ぶ。永久に眠れる墓は、この国にはほとんど存在しない。

733km²で560万人が暮らすということ

シンガポールの国土面積は東京23区(627km²)より少し広い程度。ここに約560万人が暮らし、住宅・商業・工業・軍事施設・空港・港湾が詰め込まれている。「死者のための土地」に割く余裕がない。

かつてはビシャン(Bishan)地区に広大な中国人墓地があった。1970年代、政府はここを住宅開発用地として再開発することを決め、10万基以上の墓が移転された。現在のビシャンは高層HDB(公営住宅)が立ち並ぶ住宅街だ。文字通り、墓地の上に人が暮らしている。

火葬率80%超の国

シンガポールの火葬率は80%を超えるとされる。日本(99%以上)には及ばないが、多民族・多宗教国家としてはかなり高い。この数字の背景にはイスラム教徒の存在がある。イスラム教では土葬が基本的な教義であり、マレー系ムスリムは土葬を選ぶ。政府はムスリム用の土葬墓地(Pusara Aman)を維持しているが、やはり使用期限は設けられている。

キリスト教徒やヒンドゥー教徒にも土葬の伝統があるが、シンガポール政府は1998年以降、チョアチューカン(Choa Chu Kang)墓地以外での新規土葬を認めていない。選択肢を絞ることで、火葬への移行を促してきた。

コロンバリウムの値段

火葬後の遺骨を納める場所にも不動産価格がつく。政府運営のコロンバリウムは一区画300〜800SGD(約34,500〜92,000円)。20年間の使用権で、更新には追加料金がかかる。

民間の仏教寺院が運営するコロンバリウムは、立地と格により価格差が大きい。高層階・角部屋(角区画)のニッチは10,000SGD(約115万円)を超えることもある。生者の不動産と同じロジックが、死後の世界にも適用されている。上層階の方が「風水が良い」とされ、価格が高くなる。

葬儀のボイドデッキ文化

HDBのボイドデッキ(1階の吹き抜け共用スペース)で葬儀が行われるのは、シンガポール独特の光景だ。道教式や仏教式の葬儀では、テントを張り、祭壇を設け、紙の冥銭(あの世のお金)を燃やす。3〜5日間にわたって行われ、近隣住民はその間、線香の煙とお経の声の中で生活する。

葬儀費用は簡素なもので3,000〜5,000SGD(約34.5万〜57.5万円)、フルパッケージで10,000〜20,000SGD(約115万〜230万円)。日本の葬儀費用の全国平均(約150万円)と比べると、シンガポールの方が幅が広い。

この「ボイドデッキ葬儀」に対して苦情を申し立てる住民もいるが、政府は文化的慣習として容認している。ただし騒音規制は適用され、午後10時以降の読経や音楽は禁止されている。

海洋散骨という選択肢

シンガポール政府は海洋散骨を積極的に推奨している。指定された海域(セントジョンズ島南方沖)で散骨が可能で、費用は500〜1,500SGD(約57,500〜172,500円)程度。土地を一切使わない方法として、政府にとっては理想的なソリューションだ。

散骨を選ぶ人は増加傾向にあるが、まだ少数派だ。「どこかにお参りに行ける場所が欲しい」という遺族の感情は、政策の合理性とは別の次元にある。

在住日本人が知っておくべきこと

シンガポール在住中に万が一家族が亡くなった場合、日本への遺体搬送には50,000〜100,000SGD(約575万〜1,150万円)以上かかることがある。シンガポールで火葬して遺骨を日本に持ち帰る方が現実的で、費用も10,000〜20,000SGD程度に抑えられる。

海外駐在員向けの生命保険や会社の福利厚生で、遺体搬送費用がカバーされているか確認しておくことは、考えたくはないが必要な準備だ。

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