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ホーカーセンターはなぜ安いのか——UNESCO無形文化遺産の裏にある政府補助金の設計

SGD3で食事ができるシンガポールのホーカーセンター。UNESCO登録の裏にある政府の家賃補助、HDB連動設計、後継者不足の構造を数字で読み解く。

2026-05-19
ホーカーセンターUNESCO外食文化補助金物価

この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(SGD)の金額を基準にしてください。

世界で最も物価が高い都市の一つで、SGD3(約345円)の食事が存在する。シンガポールのホーカーセンターです。2020年にUNESCO無形文化遺産に登録されたこの「安い外食」は、自然発生的に安いわけではありません。政府が設計した安さです。

ホーカーセンターの屋台区画は、NEA(国家環境庁)が管理する公共施設です。家賃はNEAが入札制で決めますが、月SGD1,000〜2,000(約11.5万〜23万円)程度。同じ立地のショッピングモールならSGD10,000以上かかる場所でも、ホーカーの家賃は政策的に抑えられています。

なぜ政府がここまで介入するのか。ホーカーセンターはHDB(公団住宅)とセットで設計されているからです。HDBの1階にホーカーセンターがある。住民は自宅の真下で安く食事ができる。共働き世帯が自炊しなくても生活が回る。これは「国民に安い食事を提供する」福祉政策であると同時に、「共働き率を上げて生産性を最大化する」経済政策でもあります。

チキンライスSGD3.50、ワンタンミーSGD4.00、コピ(コーヒー)SGD1.20。レストランで同じメニューを頼めば3〜5倍します。この価格差は、ほぼ家賃の差です。

ただし、構造的な問題も見えてきています。ホーカーの平均年齢は60歳を超えており、後継者不足が深刻です。政府は「ホーカー・デベロップメント・プログラム」を立ち上げ、若い世代の参入を促していますが、月収SGD2,000〜3,000の屋台業を選ぶ若者は少ない。テック企業ならSGD5,000以上が初任給です。

2023年、政府は新設ホーカーセンターの区画家賃をさらに引き下げ、入門者向けの「培育攤位(Incubation Stalls)」を設置しました。家賃を通常の半額にして、若手ホーカーの参入障壁を下げる施策です。

SGD3の食事が消える日が来るかもしれない。それはシンガポールの福祉インフラの一つが崩壊することを意味します。ホーカーセンターは文化遺産であると同時に、この国の社会設計の根幹を担う制度なのです。

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