ホーカーセンター文化はなぜユネスコ無形文化遺産になったのか
シンガポールのホーカーセンター文化は2020年にユネスコ無形文化遺産に登録された。外国人在住者から見たホーカーの意味と、登録の背景にある社会的役割を解説する。
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シンガポールに来て最初に「これは本物だ」と感じた瞬間が、ホーカーセンターで食べた初めての一皿だった、という日本人は多い。チキンライスSGD 4.5(517円)。冷房のない屋外、プラスチックの椅子、でも味は本物。あの感覚は、ファインダイニングでは得られない。
ホーカーセンターとは何か
ホーカーセンターは政府管理の屋外・半屋外型フードコート。かつて路上に無秩序に広がっていた屋台群を、1970年代に衛生・交通問題から政府が集約したのが始まりだ。
現在は全島に約110か所あり、それぞれに数十から100を超えるストールが並ぶ。スタールマート、ラオパサ、チャイナタウン・コンプレックス、マックスウェルフードセンターなど、観光客にも知名度の高い場所は多い。
利用料は現在でもSGD 3〜6(345〜690円)が主流。シンガポールで最も「民主的に美味しい食事ができる場所」と言われる理由がここにある。
なぜユネスコ登録に至ったか
2020年12月、ホーカーセンター文化がユネスコの「人類の無形文化遺産」に登録された。食べ物そのものではなく、「ホーカーセンターという場所が持つ社会的機能」が評価された点が特徴的だ。
シンガポールは中国系・マレー系・インド系・その他の多民族社会。ホーカーセンターは、異なる民族が同じ空間で食事をする「交わりの場」として機能してきた。チキンライスを注文した隣のテーブルでロティプラタを食べている。その当たり前の光景が、多民族共存の実践として価値を認められた。
登録申請を主導したのはシンガポール政府で、申請文書には「社会的凝集力を育む場」という表現が使われた。文化遺産であると同時に、国家建設の装置でもあるという位置づけだ。
ホーカー文化の現在地——後継者不足が課題
登録から5年。ホーカーセンターの課題は可視化されてきた。
ストールのオーナーの高齢化と後継者不足。人気店は行列ができる一方、閉店するストールも増えている。特にコーヒーショップ系の中国系料理ストールは、1日10時間以上の立ち仕事を低賃金でこなし続ける業態で、若い世代が参入しない。
政府はホーカー文化を守るための補助金や後継者育成プログラム(Hawkers' Development Programme)を運営しているが、解決には至っていない。在住外国人の一部もストールの後継者として参入するケースがあるほどだ。
在住者として知っておくと役立つこと
ホーカーでの食事は「席を先に取ってから注文」が基本ルール。ティッシュペーパーを置いておけば席を確保できる。これは「chope(チョープ)」と呼ばれる文化で、シンガポール英語の特有表現だ。
飲み物は別のドリンクストールで注文するのが普通。テーブルのコードを見て、何番テーブルかを伝えればデリバリーしてもらえる場合もある。
在住期間が長くなるほど「いつものホーカー」ができる。近所の屋台のおじさんと顔見知りになり、注文しなくてもいつものが出てくる。そういう関係は、日本を出てもどこかで求めてしまうものだ。